風は夢叶に、別れを告げていた。

マリアもそれを、風の中から見ていたんだ。

だから、出てきたんだ。

状況は、すぐに理解出来た。

でも、あたしは頭の中が真っ白になっていた。

風は本気で、あたしと付き合おうとしていたなんて・・・。




マリアの

「あなたは今の恋人を振って、この子と付き合えますか?」

この言葉に

あたしは、答えられなかった。

無言を貫いた。




だって、HALは・・・?

「愛し続ける」と、一昨日誓い合ったばかりなのに。

もちろん、HALは女には困らないだろう。

あたしは向こうの親からも結婚反対されているから

他の女の人と結婚した方が、HALも幸せになれるのかもしれない。

あたしがHALを幸せにしてみせる、なんて思っていたけれど

あたしは、HALに永遠に愛され続ける自信は、

・・・ない。




だけど、少なくとも

HALは「今」

あたしの事を、愛してくれてるはず・・・。




あたし「マリア、ごめんなさい。何も考えずにこんな事してしまって・・・」

マリア「・・・・・・じゃ、また消してもいいですか?」

あたし「・・・・・・・・・・・・・・・」




それも、答えられなかった。

何を消すとは、マリアは言わなかった。

だけどマリアが消すものは、もうわかっている。




風の、記憶だ。 

あたしと愛し合った、今の記憶を消すんだ。

そうしたら、夢叶と元通りになる。

もう夢叶に別れを告げてしまっているけれど

そこは、マリアが夢叶に上手く話をつけてくれるのかもしれない。




あたしが何も答えられないでいると

また、風のスマホが震えた。

マリアがスマホを覗き込んだ。

あたしはマリアの事が怖くて

顔を上げられないでいた。




マリア「・・・今から電話できる?」

あたし「・・・?」

マリア「と、夢叶さんから、LINEが来ました」




あたしは、怖くなって

・・・また、俯いた。

好きだと二人が愛し合うことには罪はない。

あたしたちは間違いなく、愛し合った。

心も体も、結ばれた。

だけど、今からそれを

「なかったこと」にされる。

この時、あたしは少しだけ

マリアの事を疎ましく感じてしまった。




マリア「わたしたちを幸せに出来ないなら、もうやめて下さい・・・責任を取れないなら、軽はずみなことはしないで下さい・・・お願いします」

あたし「・・・・・・・・・ごめんなさい」




そうだ。

あたしは、「浮気」をしたんだ。

それなら、責められても仕方がない。

風を幸せに出来ないくせに

あたしはHALと別れる事に、躊躇している。

風はあたしとの事で責任を取るために

夢叶を今、傷つけた。

なのに、あたし一人で責任を取らないなんて

ひどすぎる・・・。




あたし「ごめんなさい」

マリア「こちらこそごめんなさい。私たちは生きたい、ただそれだけなの・・・」




「生きたい」

この言葉に

ハッと、顔を上げた。

マリアは、泣いていた。




そうだ。

別人格は、生きたいから生まれてきたんだ。

心を壊されて

一人では、生きて行けなくなった。

だから、別の人格が生まれてきたんだ。

だから、傷つけることはしてはいけなかった。

あたしは、自分のことしか考えてなかった。

風の事も

マリア、友也、ユウト・・・みんなの事を

考えていなかった・・・。




風の事が、ずっと好きだった。

風と結婚するのが夢だった。

今、やっと

心も体も全て通じあった。

この日をどれだけ、待ち焦がれていたのだろう。

なのにもう、どうする事も出来ないんだ。




全て、タイミングが悪かった。

レイジの「恋はタイミングだよね」って話を思い出した。

あたしが風だけを好きだった頃は

風はあたしを好きじゃなくて。

風があたしを好きになってくれた時は

あたしには大切な彼氏がいて・・・。

こんなにもタイミングがズレると

これは、神様からの言葉なんだと思う。




「風とは結ばれない運命なんだよ」と。




HALと出会って

あたしは好きな人が「二人」になってしまった。

この大きな「罪」を

あたしは償う時がきたんだ。




あたし「・・・うん。マリア。よろしくお願いします・・・」



マリア「ありがとう」




そして、マリアは目を閉じた。




「記憶を消す」

マリアにしか、出来ないこと。

だけど、この時は失念していた。

マリアが消した記憶は

風は何度も思い出していた事に。




コンコン。

ドアをノックされた。

「愛美さーん!もう大丈夫っすか!?」

DAIだった。




あたし「大丈夫よ。ごめんね、DAIにも迷惑かけちゃって・・・」

DAI「ほんとにほんと?気持ち悪いのは?もう吐かないですよね?」

あたし「もう気持ち悪くないよ」

DAI「マジで?じゃ、さすがに眠くなってきたから寝かせてもらいます!」

あたし「そか、もう1時過ぎてる・・・ごめんね」

DAI「いやいや!ここに来る時、車の中で爆睡してたから実はさっきまで全然眠くなかったですよ!つか、風愛友寝ちゃったんすか」

あたし「あぁ・・・うん。なるべく起こさないでね。さっきまで交代してたから起こしたらまた別人格のままになっちゃうから」

DAI「マジっすか。てか風愛友、愛美さんの事すっげー心配してましたよ?ずっと付き添ってたし・・・明日ちゃんとお礼言ってあげて」

あたし「・・・・・・うん」

DAI「んじゃ、俺寝ますね〜。襲わないでよ?」

あたし「誰が襲うかボケ」

DAI「おやすー」

あたし「・・・おやすみ」



明日、起きたら風は

今夜のこと、忘れてるんだろうか。

・・・忘れてるだろう。

夢叶も言っていた。

「マリアの記憶を消す能力は本物」だと。

あたしも見てきた。

昔風が好きだった、先輩の記憶をすっかり忘れていた。

マリアのその力のせいで、風は何度か振り回されていた。

だから、マリアのその能力は少し、面倒だと思った時期もある。




だけど、今回はこれで良かったのかもしれない・・・。

あたしはHALと別れられない。

なのに風は夢叶と別れようとした。

風の記憶が消されなければ

あたしは、責任を取って

HALと別れる事になる・・・。




「俺が幸せにしたかった」




あの言葉を、一生胸に刻みつけておこう。

一瞬でも風と愛し合えた事を、忘れません。

あたしは死ぬまで、十字架を背負って生きていきます。




そう、心に誓って

涙を零しながら

眠りについた。