「コンクールはただのモチベーション維持のための通過点であって、
最終的な目標は、自分でどう表現したいかを考えながら好きな曲が弾けるようになることよ。」

「コンクールに出れば、その曲ばかり突き詰めるわけで、とっても素敵に弾けるようになるけど、
基本的に、一人で楽譜を読むことができなかったら、ピアノを辞めた時、何も残らないわ。」

 

と、ピアノの先生に言われ、妙に腑に落ちた。
私がかくゆうピアノ挫折者であるから。
曲が難しくなっていく毎に、変調されていく楽譜についてけず、暗記に頼り、最後に挫折。

「10年やったくらいでは、音楽は分からないわよ。」
本当にそう思う。
クラシック音楽が面白いなんて、歴史が面白い、と感じてからではないと
枝葉の音楽までは気が回らなかった。(少なくとも私は)


私がピアノをやっていたころはコンクールなんてなかったし、
あったとしても、ピアニストになる登竜門くらいのコンクールだった。
今は溢れるくらいのコンクールが数あり、大きな組織化されている。
5回参加すれば、表彰されたり、文科省から賞状もらえて、内申にも書けるものまで。

 

もちろん組織には商売の意図もあるだろうけれど、おそらく子供がモチベーションを維持し続けることは
非常に難しいとピアノが弾ける先生たちの全会一位での発足されたんじゃないかさえ、思える。


ただ、コンクールに拘りすぎて、子供がピアノを習う上での本来の果たさなければいけない目標、目的が見えていない親が多すぎる。


英語もそうなんだ。

 

英検に拘る保護者も多いけれど、小学生で高い級の英検が取れたからって、
英検協会が出している出題の意図まで理解してはいない。国語力が追い付いていないから。

 

また英検の勉強をすることで、出題範囲の単語は覚えるだろう。
けど英会話が出来なかったら、何も残らない。英語の勉強を辞めた時に。

小手先の検定なら、コンクールと一緒だ。
それが自分で使えなかったら全くのゼロと一緒である。

 

学びの通過点としての英検ならよい、しかし英検をとることだけを目標にしてはいけない。


今やらなければいけないことは、
私たち大人ががやってきたペーパーテストで満点をとることじゃなくて、


ピアノでいったら楽譜が読めるような、、、、具体的に言うと
転調や連続した和音にもついていける、譜読みの力、

楽譜を読んだだけでリズムが頭から流れていけるくらいのリズム感を養う事。

 

バッターで言ったらホームランを打ち続けるための技術を知ることじゃなくて
ホームランを打つための基礎となる筋力を育てること、


英語ならば、相手の英語をしっかり聞ける耳を育てること、
日本語英語は全く通じないので、きちんとした発音で話すこと、

外国人が近づいても逃げないように、お互いの文化をリスペクトできるような姿勢を小さいうちから育てることが
今一番、親としてサポートし、少しだけ人生のラインを引いてあげることではないかと思う。

 

少しでも多くの方が共感してくださる方がいらっしゃいましたら嬉しいです。
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