先ず頸動脈洞というと難しそうですが、喉仏の両側を左手の拇指と示指の尖(せん、先のこと)でそっと押さえてみると、ドキドキと脈を打っている所があります。これを人迎穴と言って天の気(陽の気、六腑の状態)をみる大切な所です。六気というのは寒暑燥湿風火の六つの気のことですが、その六気の根元は太陽エネルギーです。この六気、陽性のエネルギーを直接的に受けて働いている部分は、大抵の場合でしたら地表に出ている葉っぱの所が陽の部分で、地に入っている根の所が陰です。人体で云えば体の表面の部分、陽を受ける部位、外に出口をもっている器官が陽性の部分となるので、六腑、すなわち胆、胃、大腸、小腸、膀胱、三焦がそれで、この人迎部の脈は主として六腑の状態が強く現れてくるのです。ここを圧えます。

それから今度は人迎穴部の脈をとっている左手の手首の所を右手で外側から掴むようにして、右手の示指、中指、薬指の三本指を並べて左手首の脈どころを圧えます。この脈どころを脈口部といいます。ここは陰の部位で、内から発する情緒の動きが内臓に及ぼす影響が強く現れる所です。従って陰の器官である五臓、すなわち肝、心、脾、肺、腎の状態が主として反映されてくるのです。

東洋ては脈口部だけでもで全身の状態を窺うだけの精微な観方もしますし、左右の脈口部を比較して全身の状態を察することもやります。しかし、この脈口部と人迎部の三脈を一度みて比較対照しながら診る三脈法は、人間の陽の極端である人迎部と陰の極端である脈口部との調和不調和、一致不一致を診るものですから、陰陽のアンバランスは非常に大きく強く現れるので、大変診やすいのです。

三脈の診かたは、喉仏の所の脈と左手首の脈との三つの脈をとって一致して打ってをれば無事、ガタガタとズレていたり、大小不揃いだったら変事か大病ということですが、どうも不思議なものですね。


三脈法は我が身に降りかかろうとする災害予知法としての役割のみが強調され易いが、これを毎日取っていると、それは毎日同じではなくて、日によって微妙な違いを見せるから、そのことによって我が身を省みるだけではなく、そこから更に内を窺はうとの思いも自ずと生じてきて、内観への足掛かりとなる。

さる大名の一行が集団的に三脈の乱れが起こったのに気づいて、脈が平調になるところまで退避して津波の難を逃れた話がありましたが、そういった伝承はいろいろあります。


折角、三脈法を修得しても危険予知の法と心得て試みているばかりでは大して修行上の役に立ちません。それどころか下手をすると何時もビクビクして、前途に危険がないか探っているような気分に陥らないとも限りません。三脈法は危険予知の法ではなく、修行法の一つで、危険予知は余禄であると考えると本当に三脈法の価値が発揮されるのです。