よりみちねこです。おはようございます。

 

先ごろ亡くなった登山家の栗城史多さん。

 

35歳という短い生涯だった。

凍傷で指先を9本失ってもなお、登山への挑戦を止めなかった。

「生きがい」ということをちょうど考えていたときの訃報だったので、どうしても思いが及んだ。

つまりそういうことなのだろう、と。

どんなに過酷でも、どんな状態であろうとも(なろうとも)、「やらずにはいられないこと」それこそが「生きがい」なのではないか。

 

それは、名誉やお金や賞賛のためではない。

ひたすら自分のため。

自分のため、と言うと何か利己的な雰囲気を漂わせてしまうかもしれないが「評価が外にない」という意味だ。

利己的な場合は、賞賛、名誉、お金のために「する」。

 

そして私たちは、彼の冒険する姿を見て、手垢のついた表現にはなってしまうが「勇気」や「夢」「力」をもらったりする。

 

「そこに山があるから」は、実は誤訳だそうだが、まさに「せずにはいられない」という「使命感」を、意図せず表現してくれた言葉だと思う。

「詩人になりたい、でなければ何者にもなりたくない」と言ったヘルマン・ヘッセも同様だろう。

「車輪の下」のハンスは死んでしまうのだが、ヘッセはノーベル文学賞を取った。

 

芸術家の場合は「やりたいことができないと死んでしまう」というような繊細な精神構造の人は多いのかもしれない。

そのことを自覚できないままに生きていると、それはそれでまた苦しみになってしまう。

私の大学時代の友人は歌手だ。在学中にデビューしたが、どうみても芸能の仕事以外につけるようには見えなかった。本人もそう思っていたと思う。

 

つづく