皆さまはどんなシチリア島はご存知ですか?
 

私はキレイな海に囲まれて、いつも天気が良く晴れて暖かく景色がキレイ、食べ物が美味しいとしか知りませんでした。

私はミラノに留学中にシチリア島を訪れることになります。

シチリア島までの旅についてはこちらを読んで下さい。



【シチリア島、最初の街シラクーサ観光】

私たちが最初に着いたシチリア島の街はシラクーサです。

シラクーサにはどんな歴史があるのでしょうか?


シラクーサ(Siracusa)は紀元前8世紀ギリシャの植民都市になり、シラクーサは低湿地帯を意味するシラコ(Sirako)と名付けたのが起源です。

ギリシャローマヴァンダル族、ビザンチン帝国と支配者は変わってもシチリア島東海岸の重要な港町としてシラクーサは栄えていました。

アラブ人が入って来てイスラム教の支配になると、シチリア島の中心はパレルモへと移ってしまいます。


シラクーサの観光のポイントは、ギリシャ時代の遺跡が残る考古学公園と、旧市街のあるオルティージャ島です。

離れた場所にあるので、まずは考古学公園を見学しました。




【考古学公園の観光】

町の中心からは離れた少し小高いところにあります。


考古学公園には、ギリシャ劇場ディオニソスの耳天国の石切場ローマ円形闘技場があります。

考古学公園は、同居人エミもオペラ勉強している男子アキラくんも行きたかった場所でした。


ギリシャ劇場は紀元前5世紀ごろ、石灰岩の丘だったところをくりぬいて作ったようです。

(ギリシャ劇場)

その後、ローマ時代に改築されているので今の形はローマ時代の半円形。
ギリシャ時代には舞台が小さく、舞台を囲むように座席が作られていました。

ローマ時代より、席数は当然多く階段型に座席は作られていきます。

ギリシャ時代は15000人ほど収容できたようで、シラクーサがいかに栄えていたかがわかる!

座席は階級で別れていたので、1番偉い政治家、貴族が1番下で庶民が1番上でした。

今は1番上の方まであがると、景色もよく遠くにイオニア海も見えます。

ギリシャ劇場の上の方は後期にさらに改築、水が流れているところがあったり、中世時代に付け加えられた建物があったりするのも見えました。

今でも、夏には野外劇場として使われています。




【天国の石切場】

ギリシャ劇場のすぐとなりは、旧市街の建物を建てるのに切り出した石切場。

そこは今、世界のいろいろな植物も見られるような場所で、天国の石切場と言われています。



アキラくんが行きたかった場所が、その奥にあります。

名前は"ディオニソスの耳"、こう名付けたのは画家のカラバッジョです。


"カラバッジョ❗️"

有名な画家なので、ご存知の方も多いと思いますが、当時の私は知らなかった。

簡単にカラバッジョの説明をします。


カラバッジョは16世紀にミラノで生まれたルネッサンス後の画家です。

母が亡くなった後、ミラノで絵画を学び始めましたが、ミラノで傷害事件、ローマで殺人事件を起こし逃亡生活。

マルタ島に逃げた後、シチリアに渡って来ました。その逃亡生活中に、天国の石切場にやってきました。




ディオニソスの耳もギリシャ時代の石切場だったところで、石をくりぬいて洞窟のようになっています。

ディオニソス僭主の時代には、政治犯を閉じ込めた牢獄としても使っていたらしい。

その洞窟の中に細長い、切れ目があり非常にうたがい深かったディオニソスが、その切れ目の上から、囚人たちの話を聞いていたという話がありました。


洞窟の高さは約50メートルぐらい。
下に閉じ込められている囚人たちの話が聞こえるというからには、秘密が!


洞窟の天井のほうが細くなっているので、メガホンのような感じで音響効果が良かったのです。


この地を訪れたカラバッジョが、この話を聞いて"ディオニソスの耳"と名付けたそうです。


この感性のあるネーミング、さすがは芸術家ですよね?



アキラくんはこの音響効果の良い場所で歌ってみたいと来る前から、私たちに話していました。

ディオニソスの耳の中に入るとさっそく、アキラくんが歌ってくれます。

アキラくんはテノール歌手を目指しているだけあり、声量もあるのでよく響きました。

普段の話し声は、少し気が小さいのかなぁと感じるぐらい小さいのに、歌声は声量あって、私たちはびっくりです。

他のお客様からの拍手も受け、アキラくんは満足していました。



すごく見どころの多い街、ここだけでも、今までに見たことのない景色に感動しました。

3人で来て良かった❗️

一緒に来てくれて、ありがとう。