揺れて、揺れて

テーマ:

めまぐるしく、身の周りに変化があって


それについていけていないわたしがいます


こころも


からだも


脳も。




二本の足で立つわたしは、


目の前のものをこなしていっている


次に何をしないといけないのか、


できる範囲で処理している



でも


底のほうに沈もうとしているわたしの心の一部が


その速さに反発している。



待って!


と言っている



だって、


心がついて行っていない



したいこと。


これでいいと判断したこと。


この二つのふるいにかけられたものだけが


残っていってるけど


現実的な問題や


本当の本当の気持ちが


なんだか


置き去りにされている気がする



だって


ものすごく揺れている自分が居る



何に?


よくわからないけど



すごく揺れている




安定させたいから


また次の課題を見つけてしまう。




ほんとはね、



こんなときは自分の心に向き合わなければいけないのに





わたしにとって一番いいのは


文字と向き合うこと




すると


心の中からするすると糸が解けるように


気持ちが引き出されていく



不思議なものです



そんな時間を作ればいいのに


忙しくてわざと作っていない気もする




愛がたりないな。




もっともっと


周りにある愛を


心と身体の中に入れて


充電しなくちゃ。




ただ、放出するだけの愛。



それも、


やはり源になければ


放出できない



さあ、


満月に向かって


放出する愛を一杯にしていなければ。




そしたら、


また別の愛で


満たされることができるから。





念を愛に

テーマ:

死は最大の愛だと

わたしは思っています


大切な人を

愛する人を

亡くすることは本当に

辛く悲しく

深い慟哭です


だけど、


生命自体、愛なのだから

その終焉も、愛に間違いないのです



悲しみは思い出の中にまた

湧き出てしまうけど

その中に

亡くした人を想う愛があります



でもだけど。


生きている人に

裏切られたり、傷つけられたりした

痛みは、


それとはまったく違います



それは『憎しみ』という

攻撃になります


間違いなく、それは打撃をうけて

傷に残ります


生きている人の「想い」は

強いです


それを、「念」といいます

今生きる人の心と書きます


そのことを

昨日聞いて、とても驚きました


ああ、

そうなんだ。


と、腑に落ちることもありました



「念」かぁ。


強く念ずれば想いは叶う


という意味もあるかと思いますが


どうせならわたしはその場合には

「祈り」という言葉を使いたいです



生きている人に

傷つけられること。


そういう「念」をも

愛に変えてしまう人間になりたいなあ



想うのです。

offのとき

テーマ:

誰しも、精一杯生きている

その秤はひとそれぞれで

誰と比べることもない


わたしも

精一杯生きてきた


46年目の今、

少し疲れて、なんだか弱い自分になっている


それが、

いけないことなんじゃないか、

もっと、頑張らなきゃいけないんじゃないか、


と今の自分の状態に

罪悪感を感じていました



でも


同じような悩みで苦しんでいる友人がいて


彼女とは本当に境遇も

起きることがほぼ同時に来ていて

たぶん、

同じ感じで傷ついたり悩んだりしていて

不思議な友人。


彼女と

話していると、自分のことをよく見つめられる



なんで、こんなに苦しいんだろう・・・


彼女がつぶやいたとき

一緒になって考えた



苦しいのは自分のせいじゃない。

悩んでいるのも自分のせいじゃない。



誰かと比べることはできないけれど

ほぼ間違いなく

相当な苦労をして、今まで生きてきた。

わたしも、一言では語られないほどの

波乱万丈な人生だった


だからこそ。


その苦く苦しく、辛い時期を知っていて

血を吐くような思いで必死で生きていた時代があって

今がある。


今は、そのころに比べるととても幸せで

平穏な日々なはず。


でも、

またその地獄のようなときにもどってしまったら、

という恐怖から、スパイラルが起こる。


きっかけは、何かほかのことであっても

不安の種は、多分そこにある

と、確信できる。



そして、


ねえ。

充分なほどの苦労も、悲しみも乗り越えてきたんだから、

今少々、悩んだり、考えたりして

どうしてだろう・・・ってぼんやりとした日々を送ってもいいじゃない。

わけの分からない不安に襲われるなら、

怖い!といって、しばらく怯えていてもいいじゃない。


もうあの頃と全く同じ苦労はないよ。

だって、

みんな成長してる。

自分も子供たちも。



だから、それだけを分かっていたら

長い人生、今辛いなあ、と思ってしょんぼりしてたっていいんじゃない。

薬に頼る時間があってもいいじゃない。


頑張ってきた分、

今サボってもいい時間を神様がくれているんだよ。



また、

元気になってパワーが漲るときがきっとくる。


だって、

神様は私たちに平凡な人生は用意してくれていないんだから。


取って置きの出来事を

楽しいことに変える術は、もうすでに見につけているよ。



だから、

今はoffのとき。


それに、ぼんやりと流されていていいと思うんだ。