はじめに:あの頃の「情熱」はどこへ行った?
学生の頃、好きなアーティストの新曲に震えたり、映画を見て翌日まで引きずるほど落ち込んだり、あるいは些細なことで腹を抱えて笑ったり……。 そんな「激しい感情の波」が、最近凪(なぎ)のようになっていませんか?
「大人になるにつれて感情がなくなってきた気がする」 「嬉しいけれど、昔のような爆発的な喜びではない」
ふと夜中にそう感じて、自分はつまらない人間になってしまったのではないかと不安になること。実はこれ、あなただけではありません。多くの大人が通過する、ある種の「通過儀礼」のようなものなのです。
今日は、なぜ大人になると感情が薄れたように感じるのか、その正体と、これからの感情との付き合い方について考えてみます。
1. なぜ感情は「薄れて」しまうのか?
感情が枯渇したように感じるのには、脳の仕組みや生活環境の変化という、明確な理由があります。
① 「初めて」が減り、「予測」ができるようになる
子供の頃は毎日が未知の体験の連続でした。しかし、大人になると経験値が積み上がります。「この展開なら次はこうなる」「このプロジェクトはこの程度大変」と、脳が省エネのために予測(パターン化)を始めます。 予測通りに進むことは安心感を生みますが、その反面、予想外の出来事によって生まれる「驚き」や「感動」は減ってしまいます。これを心理学的に「馴化(じゅんか)」と呼びます。
② 感情のコントロールが上手くなりすぎた
社会に出ると、感情をそのまま出すことはリスクになります。 「イラっとしても顔に出さない」「悲しくても仕事をする」。 こうして理性が感情を抑え込むことが習慣化すると、脳は感情を感じること自体を後回しにするようになります。「感情を感じない方が、生きる上で効率的だ」と学習してしまうのです。
③ シンプルに「脳の疲れ」
日々のタスク、SNSからの情報の洪水、将来への不安。大人の脳は常に情報処理に追われています。 感情を動かすには膨大なエネルギーが必要です。疲れ切った脳は、自己防衛として感情のスイッチをオフにし、省エネモードに入ろうとします。つまり、感情がないのではなく、感情を使う体力がない状態かもしれません。
2. それは「劣化」ではなく「進化」かもしれない
「感情がなくなった」と嘆く必要はありません。見方を変えれば、それは**「穏やかさ」を手に入れた**とも言えるからです。
若い頃の感情が「炭酸ジュース」のような刺激的なものだとしたら、大人の感情は「出汁(だし)」のようなものかもしれません。
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派手なイベントよりも、天気の良い日の散歩に幸せを感じる。
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激しい恋愛よりも、信頼できる人との静かな会話に癒やされる。
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新しいガジェットよりも、長く使える道具に愛着を感じる。
刺激に対する反応(レスポンス)が鈍くなったのではなく、味わう対象が「激しさ」から「深さ」へシフトしただけなのです。これを「老化」と呼ぶか、「成熟」と呼ぶかで、世界の見え方は変わります。
3. それでも、もう一度「心」を震わせたいなら
もし、「やっぱり今のままでは味気ない」「もっと瑞々しい感性を取り戻したい」と思うなら、以下の3つのリハビリを試してみてください。
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「予測不能」なことをする いつもの帰り道を変える、聞いたことのないジャンルの音楽を聴く、一人で知らない街の喫茶店に入る。「どうなるかわからない」状況を意図的に作り出し、脳の予測機能を裏切ってみましょう。
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デジタルデトックスをする スマホから流れてくる他人の感情やニュースは、あなたの感情を「消費」させます。情報を遮断し、自分の心の声だけを聞く時間(空白の時間)を作ると、埋もれていた感情がふっと浮き上がってくることがあります。
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創作物に触れて「強制的に」心を動かす 自分の人生だけでは限界があります。映画、小説、アートなど、他者の物語に没入することで、錆びついた感情の回路に潤滑油を差すことができます。
おわりに:今のあなたにしか感じられないこと
「感情がなくなってきた」と感じるのは、あなたがそれだけ多くの経験を重ね、社会に適応して頑張ってきた証拠です。
無理に若い頃のようなハイテンションに戻る必要はありません。今のあなただからこそ感じられる「静かな感動」や「沁みるような喜び」が、日常の隙間に隠れているはずです。
今日はスマホを置いて、少しだけ空を見上げてみませんか? 意外と、まだあなたの心は、空の青さを美しいと感じられるはずですから。