ベトナムでの閣僚会合 TPP米国抜き発効で大筋合意(11/10)

TPP11カ国はアメリカが復帰するまで凍結する項目を絞り込む作業を行っていましたが、ベトナムやマレーシアが最後まで難色を示し、協議は難航していました。茂木大臣は労働者の権利問題の凍結を主張するベトナムを説得するなど、二国間折衝を重ね、最終的に10項目前後の凍結で決着した模様です。(引用終了)

 

当該記事作成中に速報が入って来ました。カナダによって梯子を外されたのかな?ゲラゲラ 

 

 

≪アメリカの日本再占領(2)トランプ登場でカオス化≫

アメリカは、明治維新後の日本が、富国強兵路線でロシアに勝利した姿を見ていたが、日本の勝利は、首の皮一枚を残した勝利に過ぎなかった。当時のロシアは、レーニンの革命運動が続発し、日本との戦争にかまけている状況ではなかったからだ。

 

日露戦争の風刺画(米英が日本をけしかけてロシア軍人を刺す)

 

一方の日本は、戦争を継続する予算が底をついて喘いでいた。そんな最中、アメリカが助け舟を出して仲介の労を取ったのである。このままでは本気になったロシアに日本を奪われかねないからだ

 

そこで「ポーツマス講和」で領土と賠償金を求める日本をなだめ、戦争継続気運が高まりかねないロシアを説得し、「樺太割譲」で日本とロシアを説得した。

 

その後、アメリカは、神国日本不敗論に酔い狂う日本軍に注視し、中国で暴走する関東軍の様子を見定めていた。そして絶好の機会が訪れる。「満州事変」である。

 

1931年(昭和6年)、「南満州鉄道」が爆破される「柳条湖事件」が発生し、関東軍が清朝最後の皇帝・溥儀を担ぎ出して満州国を建国した。

 

それが国際法上の正当か否かを決定する「リットン調査団」が派遣されたが、リットン自身がアメリカと同盟国のイギリス人であり、顧問にアメリカのフランク・ロス・マッコイ陸軍少将が加わっていた以上、答えは目に見えていた。当然、日本に不利な結果が下され、日本は「国際連盟を脱退」することになる。

 

 

孤立化を深める日本をアメリカは手ぐすね引いて待っていた。1937年(昭和12年)の「日中戦争」を機に、アメリカは戦争継続に不可欠な「石油」「鉄くず」の輸出を制限する「ABCD包囲網」で日本に圧力を加え、窮地に陥った日本が窮鼠猫を噛む状況を作り出した。

 

※ABCD包囲網とは、米国、英国、中華民国、オランダの頭文字

 

後は日本から先にアメリカに手を出させる切っ掛けを与えればいい。それが、アメリカが最終結論として日本に送り付けた「ハル・ノート」だった。そこには、日本の全ての妥協案を受け付けず、中国からの日本軍の全面撤退のみが通告してあった。

 

ルーズベルトはホワイトハウス作成のハル・ノートを日本に渡す際、「我々は日本をして最初の一発を打たせるのだ」と言ったとされる。アメリカは日本にパンチを打たせる目的で、先に日本に蹴りを入れたのである。

 

【日月神示】富士は晴れたり日本晴れ(2)(7/23)より

 

 

東京裁判の席で、インドのパール判事は、「アメリカが日本に送ったのと同一の文書を他国に送れば、非力なモナコ公国やルクセンブルク公国でさえ、必ずアメリカに対して武力を持って立ちあがっただろう」と語った。

 

 

しかし、アメリカは「事後法」を盾に日本を“平和の罪”で裁き、「リメンバー・パールハーバー」の言葉を世界に席巻させた。かくして日本は世界の悪役となり、アメリカは世界を救ったヒーローとなった。

 

 

そして現在、邪魔になった「憲法9条」を自民党と公明党によって骨抜きにし、TPPを絡めながら、中曽根元総理大臣の「日本不沈空母論」の約束を果たさせるため、ついに日本の再占領に乗り出そうとしていた。

 

 

その矢先、ドナルド・トランプが登場し、TPPが水泡と化したのである。これで、世界は混乱のカオス状態に陥り、日本は屋根に登ったのはいいが、その梯子を外される事態に陥ったのである。

 

先が全く読めなくなったのである。この状態は日本にとって“吉”となったのだろうか?(転載終了)

 

「知らぜざる『1%寡頭権力の王国』リッチスタン:飛鳥昭雄著」より転載しました。(※D・ロックフェラー氏死去前に書かれています)

 

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