食べて飲んで観て読んだコト+レストラン・カザマ

読んだ本の勝手な感想を中心に、日々の行動のあれこれを綴る。
フレンチレストラン・カザマのお料理ご紹介。


テーマ:
カズオ イシグロ, Kazuo Ishiguro, 入江 真佐子
わたしたちが孤児だったころ
「わたしを離さないで」を読んでいたくこの作家を気に入り、前作のこの「わたしたちが孤児だったころ」を手に取った。

上海の租界に暮らしていたクリストファー・バンクスは十歳で孤児となった。貿易会社勤めの父と反アヘン運動に熱心だった美しい母が相次いで謎の失踪を遂げたのだ。ロンドンに帰され寄宿学校に学んだバンクスは、両親の行方を突き止めるために探偵を志す。やがて幾多の事件を解決し社交界でも名声を得た彼は戦火にまみれる上海へと舞い戻るが・・・・・(ハヤカワ文庫版裏表紙より引用)


主人公のクリストファー・バンクスの一人称で物語られる数奇な冒険譚で、その魅力にはかなり惹きこまれるが、理解しがたい部分もある。その分かり難いところが、またミステリアスな雰囲気を膨らませているとも思えるのだけど。

タイトルの「わたしたちが孤児だったころ」が、どういう意味を持たせているのかがまず自分にはミステリアス。主人公のバンクス、彼が思いを寄せるサラ・ヘミングズという魅力的な女性、バンクスが引き取る少女ジェニファーの主要登場人物がそれぞれ孤児という境遇である。バンクスと彼女たちの関わりあいは物語の中でもとても重要な部分を占めるが、ストーリイはやはりバンクスの両親失踪の謎の解明が大きな流れと思う。孤児で育ったことは、人格形成や自分の人生に向き合うことに大きな影響があるかと思うけれど、サラもバンクスも一般的に幸せな愛情生活を送るといった人生には恵まれなかったようだ。ジェニファーもまた、具代的には語られていないが、成長して人間関係で大きな挫折を味わったことが暗示されている。


上海事変を背景に、バンクスが戦禍の街中で両親を探索するシーンは臨場感がある。負傷した日本兵としての幼なじみのアキラに出会い、両親が監禁されているとされる家にともに向かうバンクス。しかし、アキラが言うようにもう長い年月がたっていて今もその家に両親が健在でいるとはとても思えないのに、両親救出に執着する。惹かれた女性や、面倒をみるべき養女、自らの身の安全も放って、幻影のような両親の元にたどり着こうとするのは、孤児で育った大きな喪失感のためなのだろうか。


両親失踪の謎は、フイリップおじさんと呼ぶ両親の親しかった知人の口から語られ、当時の事情が説明される。読者としての自分はスッキリしたが、バンクスには遅すぎた解決だったろう。この数奇な冒険譚をどう読み解けば良いのか、自分の中には謎が残る。


夕食:イカのトマト煮とパルメザンチーズの焼きリゾット。釣り新聞の「お料理コーナー」の取材で用意したもの。この作り方は、近々発行の「釣り新聞」にて、どうぞ!

イカと焼きリゾット

反省:最近反省を書き込みしてないけど、反省は日々(^_^; 近頃は老化を突き進む身体を反省して、ケアを。ウオノメ対策と、歯科通い。歯間ブラシの使用に快感を覚える。 

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