向井side


 「ふっかさん」

 「ん?」

 「明日、デートせえへん?」

 「デート?」

 「あかん?」

 「なんでよ嬉しい」


 ソファでコーヒーを飲みながら、寄り添っていた。




 ふっかさんと出会って4年になる。


 「やった〜じゃあ明日は助手席に乗る準備しといてな」

 「今日も嫌味が冴えてんな!」


 免許を持ってないふっかさんにくすくすと笑った。


 「先寝るな」

 「うんそうして」


 ベッドに入って目を閉じると、過去の記憶が蘇ってくる。




・・・・・


 「先生、今日家いきたい」

 「だめだ」

 「なんで」

 「なんもないのに来てたらだめだろ」

 「なんもなくないよ」

 「じゃあ何がおありで?」

 「寂しいねん」


 こう言うと先生はいつも甘えさせてくれる。


 「…今日だけだぞ」

 「ありがとう先生、すきやで」

 「はいはい」


 先生はいつでも好きって言ってくれるわけやないけど、それでも俺のことを大切に思ってくれてるってわかってる。


 「好きになってごめん」


 ぼそっとそう呟いてみる。

 先生に迷惑かけてるのわかってて、それでも、諦められんくて、ごめん。


 「…康二はそう言うけど」

 「ん?」

 「先に好きになったのは、たぶん俺だよ」

 「…なわけないやろ」

 「ううん、絶対そうだ」


 先生は俺の頬に手を伸ばして、優しく包み込んだ。


 「お前が幸せに生きてくれたら、それでいい」


 それは俺もやで、先生。




 先生の家に慣れ、キッチンも使わせてもらうようになった。


 「また冷蔵庫なんもないやん」

 「作んねえもん」

 「栄養バランス悪いわ」

 「お前が来るとき食べてる」


 一人暮らしやし、料理をする俺は、全く料理をせえへん先生の家に行けば、ご飯を作るのが当たり前になってた。


 「一人のときも食べや」

 「えー」

 「えーやないよ。ちゃんと食わなやっていけん」


 あまりになんも入ってないから冷蔵庫の扉を閉め、先生に説教をする。


 「そもそも先生はな」

 「康二」


 後ろから抱きしめられ、その腕に力が込められた。


 「先生…?」

 「俺、もう康二なしじゃ生きていけないわ」

 「…どうしたん?」

 「お前がいなきゃ、」


 向きを変えられ、先生と目が合う。

 突然唇が重なり、息ができないくらい深いキスをした。肩を掴まれて、冷蔵庫に押し付けられる。


 「ま、ってや、ん」

 「こうじ、」

 「ん、っ」


 先生の舌が俺の口の中を貪った。立っていられなくて、膝からがくんと崩れ落ちてしまう。


 「なんやっせんせ、」

 「…ごめん」


 先生は俺の頭を撫で、謝った。


 「ごめん康二、やりすぎた…ごめ」


 今度は俺が先生の襟をつかみ、唇をぶつけた。


 「謝らんといて」

 「ごめん」

 「先生にならなにされてもええよ」

 「違う、そういうつもりじゃ」

 「それぐらいすきってことや」


 先生は俺をソファに連れていって、そっと横に座った。


 「先生と同級生やったらなぁ」

 「…出会ってないかもな」

 「そう考えればそうかぁ」


 いつも通り先生の肩に頭を置く。

 最初は嫌がってたのに、全然嫌がらず甘えさせてくれる先生が…たまらなく愛しい。



・・・・・




 「ふかさーん起きやー」

 「はぁい」


 朝が弱いふっかさんを叩き起す。


 「こうじぃ、きょうどこいきたいのぉ?」

 「…水族館」

 「え」

 「ふっかさんと水族館に行きたい」


 ふっかさんが驚くのも無理は無い。


 「え、いいの?」


 一気に眠気が覚めたように、俺に尋ねてきた。


 「だ、だって、水族館はなべとの思い出の場所だって言ってたじゃん」


 そうや。最初で最後、先生とデートした場所。


 「せやから行きたい。ふっかさんと2人で」


 水族館に行けば、また先生を思い出してしまうと思ってた。思い出してしまえば、後には戻れんってわかってた。だから避けてた。でも…


 「行こう?ふっかさん」




・・・・・


 「康二、今週の日曜日、息抜きしない?」

 「息抜き?」

 「…一緒に水族館行かない?」


 それは12月終わり。その日は風が冷たかった。

 受験もまっさかりの今日この頃。

 先生と付き合い始めて半年は過ぎていた。


 「え、えと、ええの!?」

 「…うん」

 「なんで、急に」

 「チケット貰ったから」

 「チケット?」

 「2枚貰ったから、だから、その…嫌ならいい」

 「なんでよ!行きたい!」


 それは俺と先生の初めてのデートの約束やった。

 

 「嬉しいっ」


 俺は一般受験で短大を目ざしていた。


 「勉強も頑張ってるし、息抜きも大事だから」

 「…正直、専門学校が良かったけど」

 「え?」

 「俺、大学行くほど賢くないやん」

 「まあどっちにも良さはあるけど」

 「俺、得意なことなんてないもん。勉強も好きじゃないし、できない。夢中になれるもんがない」

 「そんなことないだろ、勉強頑張ってるじゃん」

 「…所詮それまでや。まぁ、適当に生きていけるやろ」


 すると先生は、俺が開いていた数学のノートに目線を落とした。


 「そんなに決めつけなくてもいいじゃん」

 「え?」

 「夢中になれるものが見つからなくたって、大学はそれが見つかるところでもある。大丈夫、焦らなくていいんだ」


 そして、ペラペラと数字に溢れたページをめくっていく。


 「…俺はなんも持ってないんやで、空っぽや」

 「何いってんだ馬鹿野郎」

 「ば、ばかやろうって」

 「お前のどこが空っぽなんだ?」


 訳が分からないという様子で俺を見つめてくる先生に拍子抜けしてまう。


 「康二、写真好きだろ?」

 「それは、趣味?やん」

 「…賞レースに出したことは?」

 「ないけど」

 「たしかに、お前は今まで自分の進路に興味がなさすぎた」

 「…自覚してます」

 「美大とか、興味ないの?」

 「俺には写真の才能ないよ」


 先生は、俺の数学のノートを閉じ、向井康二、と所有者が書かれた部分を撫でた。


 「…夢中になれるものがない?カメラは?写真は?自分の気持ちから逃げないほうがいいよ康二」


 その日、先生に言われたその言葉は、俺の人生を変えた。

 結局、俺は前期で美大を受け、その後合格をもらうことになるんやけど。


 「とにかく、日曜日はたくさん写真撮ろうな」

 「…うん」

 「考えまとまらなくさせてたらごめん。でもね康二、自分のために生きなきゃだめだよ」

 「…ありがとうな、先生」


 先生に近づいて、そっと唇を寄せた。

 その日、先生は俺を拒まず、唇が重なった。


 俺はいつだって、先生に助けられてきた。


 俺が好きだったのは…

 あの頃、なにも持っていなくて空っぽだった高校生時代。

 俺の全ては、先生やった。


 夢中になれるものは全て"先生"から生まれたものやった。


 俺は、先生と同じ、堂々と生きられる人間になりたかったんや。



・・・・・




 「ふわぁー、着いたぁ」


 運転免許を持たないふっかさんを、俺はいつも助手席にのせる。


 「ありがとう康二」

 「いーえー!はよいこ!」


 車から降り、ふたりで水族館に入っていく。


 「うわぁ〜綺麗!久々だわ水族館」

 「せやろ、たまには息抜きも大事やで」

 「全部見て回ろうよ。それともどこか最初に行きたいとこある?」

 「ううん、俺も全部みたい」


 にこっと笑ったふっかさんの横を歩いて、彼を見つめる。


 「ん?」

 「ふっかさんは…1番なにが楽しみ?」

 「俺は、海月かな」

 「…そういうと思った」

 「え?」


 それはあの日、先生から聞いたことやった。

 その話に出てきた友達は、ふっかさんで、ふっかさんは先生の親友やった。


 「…先生から聞いたことあったんよ」

 「…なべが?」

 「友達、やったのに。俺が、」

 「違うよ、これは俺が決めたことだから」


 俺のせいで2人の友好は切れてしまったんや。


 「別になべから友達辞めたいなんて言われたことねぇよ」

 「…そうなん?」


 青い光に照らされたふっかさんは、いつもよりかっこよく見える。


 「俺が、怖いのかもね。俺は、ほら、康二を手放したくないから」

 「俺は」

 「俺のそばにいてくれたらいいよ。どこにも行かないでちょーだい?」


 俺の手を取り、2つの掌が絡み合った。


 「ほら、行こう?」


 ふっかさんは俺の手を引き、1歩踏み出した。




・・・・・


 「最後は海月やな!先生見たがってたやろ」


 水族館にきた俺たちは、信じられないほどその瞬間を楽しんでいた。


 「海月すきなんだよね」

 「なんですきなん?」

 「うーん、友達が好きなんだよ海月」

 「友達?」


 海月コーナーに向かいながら、先生の初めて聞く昔話を耳にしていた。


 「高校のときの友達でそっからずっと仲良いんだけど。俺のやること全部応援してくれるような奴で、自分より周りの人間を思いやってるんだ」


 友達のことを話す先生は新鮮やった。

 よく考えれば、生徒や他の先生としか関わってるとこ見たことないわ。


 「仲良い友達が好きやから海月好きなん?」

 「うーん、そんなとこだな」

 「なんやそれ、かわいいな」

 「…うるさいなぁ」

 「お名前は?先生の友達の」

 「深澤って言うんだ、深澤辰哉」


 後に出会う人になるとは、そのときは思いもせんかったなぁ。


 「会ってみたい!」

 「いやいやないわ」

 「なんで!?」

 「あいつ俺みたいなとこあるから、やだ」

 「意味わからん」

 「俺みたいな感じなんだよ!だから、ほら…」

 「なんや嫉妬〜?」

 「ちげえよっ」


 頬を赤くする先生を見て、胸が高鳴る。

 あぁ、これが幸せやなって。

 そう思った。


 「ほら、海月や!」

 「うわ、きれいだな」


 天井にも横の水槽にも海月が泳いでいた。

 青い世界が俺たちを包み込んで、そのまま溶かしてしまいそうやった。

 綺麗で綺麗で仕方なくて、なのに、先生にばっかり目がいった。


 「先生」

 「ん?」

 「俺の人生に出てきてくれてありがとう」


 少し驚いたように目を大きくした先生は、すぐに微笑んで俺の髪の毛を撫でた。


 「こちらこそ」


 先生に触れられていると安心する。


 「先生、こっち向いて」

 「ん?」



 「いっつも急だな」

 「えへへ〜」


 先生で溢れた写真フォルダが、俺の全てやった。

 先生にしか抱かないこの感情を、俺は大切にしたかっただけやった。

 それだけやったのにな。


 「お土産買って帰ってええ?」

 「もちろん」


 いつのまにか繋がれた手が心地いい。


 「あ、海月のぬいぐるみや!」

 「ほんとだ」

 「お友達にあげえや」

 「そういう仲ではない」

 「えー!」


 それでもなんかかわいくて、目が離せんかった。


 「…買うよ」

 「お、ええやん!」

 「それで康二にあげる」

 「俺に?」

 「…初プレゼント?」

 「…プレゼント」


 照れてる先生もかわいいし海月もかわいいし、もう頭がぱんぱんや。


 「嬉しい…ほんまに嬉しい」


 ぽろぽろ涙が流れてきて、止まらんくなった。


 「泣かないでよ康二」

 「ごめん、なんかつい…」

 「海月やだ?」

 「ううん、海月がええの」

 「よかった」

 「それ、先生ん家に置こうか」

 「え、意味なくない?」


 先生は海月をむぎゅむぎゅ触りながら、不満そうな顔をした。


 「先生の家に行く口実にするんや」

 「…ばかだな」

 「褒めてや〜」

 「はいはい」


 そうして俺たちのもとにやってきた海月は、海月1号と名付けられた。別に、2号はおらんけど。


 「ほんまに幸せや。こわい。幸せすぎて」

 「そりゃよかった」

 「先生はー?」

 「楽しかったでーす」

 「思ってんのかー?」

 「思ってるよ。また受験勉強頑張れ」

 「うん、頑張れそうや!」


 こんなに好きなんやから「運命」なんやと思ってた。信じてた。

 俺が、先生の人生を、ぶっ壊したくせに。


・・・・・




 「ここや!海月!」


 全体を回って、最後にここへ来た。


 「綺麗だな」


 目を細めて微笑んだふっかさんは、吸い込まれるように海月を見ていた。


 「康二と水族館に来れると思ってなかったよ」

 「…そう?」

 「だから、嬉しいんだ」

 「俺も嬉しいで」

 「なべとの思い出の場所なのに、どうして…」


 ふっかさんがそう言いかけたとき、康二、そう呼ばれた。その声は、1度も色褪せたことのないあの人の声やった。


 「康二、」

 「先生…」



 「康二、お前なんで…」


 あの日再会してから、先生のことを考えてへんかったと言ったら嘘になる。

 それでも、あの再会を意味のないものにしたかったのに。


 「せ、んせい」


 なんで俺は、先生の前では、こうも情けないんやろうか?


 「なべ」


 固まってしまった俺の手を握り、ふっかさんは先生を見た。


 「…深澤、あのさ」

 「元気そうでなによりだよ」

 「…深澤も」


 先生は、俺たちの繋がれた手を凝視して、苦しそうに視線を背けた。



 「深澤、おまえ、幸せ?」

 「…それは、お前の元恋人と付き合って幸せかって嫌味?」

 「ちげぇよ」

 「俺は康二に出会ってからずっと幸せだよ?」


 ふっかさんの俺の手を握る力が強くなる。

 少し、痛い。


 「康二と話す時間が欲しい」

 「…なんで」

 「康二に伝えてないことがたくさんあるから」


 なんでこんなことになってるんやっけ。

 頭の整理が追いつかん。


 「康二、俺と話す時間をとってくれないか」

 「…え、と」

 「…康二は、どうしたいの?」

 「お、れは」


 先生の顔とふっかさんの顔を順番に眺めた。

 あぁ、渡辺翔太、俺の1番好きだった人。




・・・・・


 前期試験を終え、合否を待つのみやった。


 「阿部ちゃーん、おはよ!」

 「康二、おはようお疲れ様!」

 「阿部ちゃんのほうがお疲れ様やろ」

 「そんなことないよ、康二よく頑張ったね」


 短大から美大に進路変更して受験したから、色んな先生に心配されたけど、無事合格を掴むことができた。

 これも全部、先生のおかげや。

 俺のキラキラした世界の中心には、いつも先生がおった。


 「それで…その、渡辺先生のこと知らん?」

 「…渡辺先生?」

 「先生と、その、会いたいんやけどな。その、俺…」


 なんて伝えればええのか、わからん。

 ちょっと前から連絡も取れへん。返信が来ないから、今日学校で会えるかもわからんのに…


 すき?

 付き合ってる?

 なんかちゃう。


 「康二、今学校来た?」

 「今やけど…」


 阿部ちゃんがそう言ったとき、教室に校長先生と担任の姿が見えた。


 「向井康二くんはいますか?」

 「…はい、俺ですけど」

 「少しいいですか?大事な話があります」


 なんや、この不穏な空気は。

 怖くなって阿部ちゃんのほうを縋るように見た。


 「…康二、行っておいで」

 「なんか、知ってるんやな?」


 阿部ちゃんの眉間にしわがよってる。

 俺に隠し事があるときの顔や。


 「ごめん…今は言えない。行ってらっしゃいとしか、言えないんだ」

 「わかったよ」


 先生たちと一緒に歩き出した。

 俺が連れられたのは…美術準備室やった。


 「向井くん」


 先生たちと向かいあって座り、俺は座り慣れたあの椅子に腰をおろした。


 「向井くんは、渡辺翔太先生と付き合っていましたか?」

 「…はえ?」

 「話す順番を間違えましたね。とある生徒から美術準備室で渡辺先生と向井くんがキスしているところを見たと情報が寄せられました」


 背筋を冷や汗が流れた。


 「…それは、俺が悪いです」

 「事実を認めますか」

 「…あ、その」


 嘘は、上手くつけない。せやけど…


 「はい…でもそれは俺がむりやり先生にしたんです。先生は拒んでたから、」

 「それは渡辺先生から同じ説明を受けました」

 「え?」

 「自分がむりやりキスをしたので、向井くんに罪は無いと」


 ちゃう、ちゃうのに!


 「なんで、っ」

 「向井落ち着いて」


 担任になだめられながらも、焦りが溢れていく。


 「ちゃいます!先生聞いてや、俺がむりやりキスしたんやって!!」

 「向井くん」


 校長先生は俺の目を真っ直ぐ見て、俺の話なんか聞かへんって顔をしてた。


 「渡辺先生の発言が全てです。渡辺先生は責任を取って辞職されました」

 「なんでやっ、俺の話きいてください!」

 「向井くん、大人にはね、取らなきゃいけない責任があるんです。あなたは子ども、彼は、あなたを導くべき大人なんですよ」


 すべて、間違ってた。


 「あなたがもうすぐ卒業するから、報告してくれた生徒も他言しないと言っています。だからこそ、これ以上大事にしないと約束しましょう」

 「…そんな、俺は」

 「向井くん、話は終わりです。教室に戻って」


 なにも言えず、ただ黙って準備室を出た。

 考えられん。なにも。


 「向井」


 担任に声をかけられ、振り向いた。


 「…岩本先生」


 担任は岩本照という名前で、渡辺先生と1番仲がいい先生やった。


 「そういえばあいつ、次のバスに乗るって言ってたな」

 「…え」

 「朝まで来てたんだよ、色々整理するために」

 「先生、ありがとう!」


 そう叫んで、慌てて昇降口に向かって駆け抜けた。

 バス停はすぐそこや。

 ここを曲がれば、すぐ、


 「先生っ!!!」



 先生の背中が見えて、慌てて抱きついた。


 「…康二」

 「俺がキスしたのにっ、なんでおれのせいにせんかった!?おれはもう、卒業するんやで!?大人になるんや!なのに、なんでっ相談してくれんかったの…」

 「馬鹿野郎だな、大学生になるからって大人になれると思うなよ」


 先生…なんや。もう、俺の前からいなくなるみたいやん。


 「なんで、返信、してくれんかったの」

 「…もう別れよう」

 「…は?」

 「忘れろ、康二はもう俺で傷つかなくていいんだ」

 「なんで?なんで忘れなあかんねん」

 「お前の人生に俺の存在があることは汚点になる。俺は教師で、お前は生徒だから。俺がお前をダメにするわけにはいかない。俺はお前の通過点でしかないんだよ」


 なんなん、この人。

 俺が悪いのに。なのに!


 「先生は俺の通過点やないよ、これからも」


 一気に距離が近づき先生の手が顔に触れた。


 「キスするぞ、これで最後」

 「待ってや、せんせ」


 重なった唇に、涙があふれる。


 「幸せになれよ…向井」

 「…なんでよ、なんで?康二って呼んでや」

 「お前に甘えて、先生でいられなくなってごめん」

 「先生…」

 「お前は俺がいなくてももう大丈夫。困ったことがあったら先生として助けになるよ」

 「おれは…っ」


 まって、これで終わりなん?

 俺たちの関係はここで?


 「俺は…卒業するんやで?もう先生と生徒じゃないのに!」

 「…ごめんな」


 縋り付く俺を引き剥がす先生に涙が止まらない。


 「まってよ…」


 バス停から離れ、歩き出してしまった先生をみて、崩れ落ちてしまう。


 「…渡辺翔太!」


 先生の足は止まって、少しだけ、振り向いた。


 「俺、先生と出会えて幸せやったよ、」

 「お前は、今日が終わったら、今までのことぜーんぶ忘れて」

 「そんなん、むりや」

 「今日はお前のことずっと想ってるから」

 「っ、今日だけなん?」

 「お前のことを想うのも、お前が俺を想うのも…今日が、最後、」


 震える手がとまらん。

 崩れ落ちて泣く俺を呼ぶ声がするけど、返事さえできんほどにえづいてしまう。



 もう二度と振り返らん先生と、もう先生を追いかけられん俺は、最後を迎えた。


 「康二!?大丈夫?」


 阿部ちゃんの声がするけど、そこからの記憶はなかった。

 気を失って倒れたと、そのあと聞いた。


・・・・・




 「先生とは、もう一度会いたいって思ってたよ。あなたに、謝らなあかんことがたくさんあるから」

 「…康二は、なべと話したいってこと?」

 「でもそれは…ふっかさんがええならや」

 「俺?」

 「ふっかさんが嫌なのに、話すつもりはないで」

 「…俺はお前の意思、否定できねぇよ」


 ふっかさんは俺の目を見て微笑んだ。


 「ええよ」


 ほらまた、俺の関西弁、うつってるやん。


 そして、俺たちの歯車は、また動き出した。


to be continued