向井side 


 「運命の人は2人いるらしいで」

 「康二もしかしてそういうの信じる系?」

 「運命とか信じたいやんか〜」


 すると阿部亮平はにこっと笑ってこう言った。


 「実は運命の人って3人いるらしいよ」

 「なんやそれ、俺の聞いた話とちゃうぞ」


 阿部ちゃんは、人差し指を立てながら


 「1人目は、恋と別れを教えてくれる人」


 中指を立てながら


 「永遠の愛をくれる人」


 そして薬指を立てて


 「これはうちのおばあちゃんの受けうりで、恋の波乱を呼ぶ人」


 3人も、おるんか。


 「そんなにいたらわからんな笑」

 「でもその顔、誰か思いついてる人がいるみたいだね」

 「せやなあ、恋と別れを教えてくれた人は、みんなにおるやろ」

 「まあ、康二の場合は、渡辺先生かな?」

 「うるさいなあ」

 「でもさあ康二、先生が永遠の愛をくれる人かもしれないし、波乱を呼ぶ人かもね」

 「…なわけないやろ」


 ふっかさんと付き合う前の俺なら、そうだったらええなあなんて願うんやろな。




 「ただいまぁー」

 「おかえり!」


 たたたっと走ってふっかさんの元へ向かう。


 「今日は早いね康二」

 「ふっかさぁん」


 倒れるように抱きつくと、頭をぽんぽんと撫でてくれた。


 「お疲れ様、康二」


 あー、落ち着くなぁ。


 「ふっかさん…」


 過去に引き戻されたくなくて、ふっかさんの匂いに包まれたくて、急いで帰ってきたんや。


 「どうしたどうした、ん?」


 とんとん、とんとん、背中を叩いてくれる。


 「抱いて」


 いっつもこうや、こんなことしか言えん。


 「…どうしたの?康二」

 「俺のこと好きじゃないん?抱いてよ」


 先生を思い出したとき、必ず、こんなことを言ってしまう。だから、俺は駄目なんや。


 「康二が好きだよ」

 「それならっはよ、」

 「好きだから、康二を傷つけたくないの」

 「俺が頼んでるのにっ」


 俺がぼろぼろ泣き出すと、ふっかさんは俺の頬をむにっとつまんだ。


 「まーたなべのこと思い出してたんだな〜」

 「ちゃう」

 「ちゃうくないやろ」

 「ちゃうねん」


 俺の関西弁がうつったふっかさんは、へたくそな関西弁を使ってくる。


 「…やっぱりなべのことが、」

 「ちゃうって言ってるやろ!」


 むりやりふっかさんの唇に噛み付く。


 「、康二」

 「ふっかさん、俺を」

 「今お前を抱いたら、俺はなべの代わりになれる?」

 「ふっかさんは、先生の代わりじゃ」

 「なべの代わりでいいって付き合うときに言ったじゃん」

 「なべなべなべなべうるさいわ!」

 「ちょ、ちょちょ康二!?」


 ふっかさんの前で、自分の服のボタンを外し、どんどん裸に近づいていく。



 「康二おまえ」

 「俺は深澤辰哉が好きや」


 本当やった。深澤辰哉がいない世界は、俺には想像できひん。この人を失うことはできない。


 「本当に好きやのに…」


 お願いや、置いて行かんといて、ふっかさん…


 「深澤辰哉を失ったら生きていけん」

 「…康二?」

 「だからもう、先生の代わりだなんて言わんといてよ…」


 俺が、どこかで、ふっかさんを先生の代わりにしてたなんて思いたくなかった。


 「康二、俺ねほんとになべの代わりでいい」

 「っなんでや、」

 「康二を愛してるから」

 

 俺にふっかさんの来ていた上着を羽織らせてくれる。


 「愛してるから、そばにいたいんだ。康二が本当の気持ちに気づいて、なべのところに行かないように足枷になりたいんだ」

 「俺は、ふっかさんから離れない」

 「離れさせない」


 代わりで我慢しとけ、そう言ってまた、俺の頭を撫でた。


 「…じゃあ、今日はハグして寝てよ」

 「もちろんだよ」



 あなたがいる今やから、俺は、生きていけるんよ。




・・・・・


 「忘れろ、康二はもう俺で傷つかなくていいんだ」

 「なんで?なんで忘れなあかんねん」

 「お前の人生に俺の存在があることは汚点になる。俺は教師で、お前は生徒だから。俺がお前をダメにするわけにはいかない。俺はお前の通過点でしかないんだよ」


 昨日まで付き合ってた人が急にこんなことを言い出すもんやから、涙が出てしまう。


 「先生は俺の通過点やないよ、これからも」


 一気に距離が近ずき先生の手が顔に触れた。


 「キスするぞ、これで最後」

 「待ってや、せんせ」


 重なった唇に、涙があふれる。いやや、最後なんて。いやや…


 「幸せになれよ…向井」

 「…なんでよ、なんで?康二って呼んでや」

 「お前に甘えて、先生でいられなくなってごめん」

 「先生…」

 「お前は俺がいなくてももう大丈夫。困ったことがあったら先生として助けになるよ」

 「おれは…っ」


 俺の初恋は、美術の先生で、男だった。

 渡辺翔太、その名前を忘れたことは今まで1度もない。


・・・・・




 「おはよー阿部ちゃん」

 「あらら康二寝不足ー?」


 目の下のくまを指さしてそう言う阿部ちゃん。

 今日は撮りためた写真を阿部ちゃんに見せにカフェにやってきた。


 「ちょっとなあ」

 「俺が渡辺先生の話したから?」

 「ちゃうよー」

 「まだ先生のこと」

 「阿部ちゃんが1番わかってるはずやで、俺にはもうふっかさんしかおらん」


 俺の職業はカメラマンで、阿部ちゃんはアシスタントや写真集を出すときの編集を担当してくれている。


 「てか康二の世界狭いよねえ」

 「え?」

 「深澤さんだって渡辺先生の友達?なわけでしょ?あまりにも康二の世界は先生の周りをまわってるよね」


 俺と阿部ちゃんは高校の同級生で、あの頃からずっと俺の1番の友達やった。

 阿部ちゃんは頭が良いから大学は別々やったけど、俺のことを気にかけて、阿部ちゃんの脳みそで俺を支えてくれてる。


 「たまたまや」

 「渡辺先生のどの辺が好きだった?」

 「前もそんなこと聞いてきたよなぁ」

 「面白いんだもんこの話」

 「…全部が好きやったけど」


 全部が好き、そんな言葉が合うのかはわからんけど、わからなくなるぐらい好きやった。




・・・・・


 3年生の始まり、美術教師としてやってきたのか渡辺翔太だった。


 「渡辺翔太、25歳です!美術教員です!よろしくお願いします!」


 吸い込まれそうな瞳に、声が綺麗な人やと思った。

 女子の黄色い歓声が飛ぶくらいかっこよくて、初日から人気が爆発しすぎてた。


 うちの高校にはカメラ部的なものがなかったから、美術部に入って写真を撮らせてもらってた。


 「美術部の顧問になりました渡辺翔太です!今日からよろしくね」


 初めて先生と目が合ったとき、吸い込まれそうになった。今思えば、あの瞬間には既に先生に恋してたんやってわかる。


 なんとなく、先生がいるときは、部活に行けなくなっていた。なんだか、なんなんだか、気持ちが落ち着かんくなってしまった。


 「向井」

 「わあっ!!?」


 カメラをかまえてサッカー部を撮っていた。


 「び、びっくりやで先生」

 「ごめんごめん笑 向井、部活来ないの?」

 「あ、いや、俺絵描くわけやないし、いてもいなくても変わらんやろうし」

 「そんなことないよ、みんな向井が来ないと寂しいってよ」


 くすくす笑っている先生の向こう側から日が差してきた。


 「俺のこと苦手?」

 「えー、なんでそんな話になるん?」

 「俺が顧問になった途端、来なくなりましたよね?」

 「それは…」

 「なんかあるなら言ってよ」


 渡辺先生がいると集中できないって?

 言えるわけないやろ!!


 「なんでもないよ、ただ、サッカー部撮りたかっただけや」

 「…なんでサッカー部?」

 「…友達がサッカー部やから」

 「おー向井の友達!だれだれ?」

 「知らんやろ〜来たばっかやし」

 「俺覚えんの得意だぞ」


 どや顔がどや顔すぎて、ほんまにちょっとかなり笑った。


 「笑うなよー教えろよー」

 「目黒蓮」

 「目黒蓮…!」

 「知らんやろ?笑」

 「まだね?こっから覚えてくから」

 「なんやそれ」


 その日から、俺と先生は少しだけ仲良くなった。


・・・・・



 「先生と出会った頃の康二、見たことない顔してたもんなあ」

 「どんな顔?」

 「恋してるやつの顔」

 「今の俺はどんな顔してるん?」

 「それはね…」


 ガシャンっ

 阿部ちゃんが持ってたコップを落としたようだった。


 「ちょ、怪我ない?阿部ちゃん」

 「康二…」


 何をそんなに驚いてるんや。

 俺の後ろを見ている阿部ちゃんの目線の方向を見る。


 「…え」


 初めてあの人を見たときと同じや。

 吸い込まれそうな瞳の人やった。


 「渡辺先生」



 「阿部と…向井」

 「…久しぶりですね先生」


 なんでここに先生が?


 「先生、その、今はなにを?」

 「塾っていうか…美術の塾みたいなところで働いてるよ」


 なんで、なんで今先生が…


 「そうだったんですね。元気でしたか?」

 「元気だよ、ふたりは?」

 「俺たちはもういつも通りで」


 少し痩せたんやないか?ちゃんと食ってんのか?

 先生は食べないとすぐ痩せるから気をつけんとって言ったのに。


 「…康二」

 「え、あ、なに?」

 「久しぶりに会ったんだし聞きたいことないの?」

 「あ、」


 聞きたいことなんて山ほどあるけど、聞けることは1つもない。


 「俺に向井が聞きたいことなんてないだろ笑」


 そうあははっと笑うと、渡辺先生は俺をじっと見つめた。


 「…元気だったか?」

 「…はい」

 「…深澤がいるから?」


 知ってたんや。


 「あの人がおらんかったら死んでたかもしれんね」

 「そんなこと言うな、誰かに依存して生きるな」


 相変わらず、変わらんなあ先生は。


 「頼ってるだけです」

 「向井」

 「先生、ちゃんと飯は食わんと。倒れてからじゃ遅いで」


 椅子を引いて立ち上がった。


 「阿部ちゃんお会計」

 「あ、ああ、うん、してくる」


 阿部ちゃんが小走りでお会計に行ったから、俺も着いていこうとした。


 「…康二」


 え、いま、なんて?


 「康二」


 もう康二って呼ばないんやなかったの。


 「なに」

 「…俺に会いたかった?」


 この人は基本的にずるい生き物や。


 「どうやろなあ、会いたくなかったのかもな」


 この人のペースに飲み込まれれば、一瞬。

 一気に落っこちてしまう。


 「康二、もう会えないなら」

 「うるさい」

 「それなら」

 「いやや」

 「1度だけ抱きしめさせて」


 ふわっと抱きしめられた俺は、暴れたり騒いだりせずその時間を受け入れた。

 この人と別れたとき、死にたいと思った。

 そのときの感情は、一生忘れられへんと思う。


 「深澤は優しいか?」

 「先生よりはな」


 ずっとまた会えたらって思ってた。


 「深澤は康二のことわかってくれてる?」

 「先生よりはな」


 また会えたら、今度は二度と離れないのにって。


 「俺より、深澤のほうが、好き?」


 なんでそんな震えてんねん。


 「先生、ずっと謝りたかった」

 「お前が謝ることはひとつもない」

 「先生の人生、台無しにして、ごめんなさい」

 「康二が謝ることじゃない。あの時も言ったはずだよ」


 あほな人やから体が悲鳴あげへんと気づかないんよなあ。


 「…ちゃんと飯食って寝てな」

 「わかってる」

 「無理しすぎんといて」

 「わかってる」


 これじゃどっちが先生かわかんねえな、そう笑って俺から離れた。

 あの、俺に別れを告げたときみたいやった。


 「なにしてんの」


 今、1番聞こえちゃいけない人の声がした。


 「康二」


 キャラメルみたいな声や。この声は、どんなときも俺を慰めてくれた。


 「ふっかさん」



 「迎えに来るって言ったよね康二」

 「うん」

 「だから来たんだけど、これなに?」


 ふっかさんは、先生に指をさし怪訝な表情をした。


 「ほんとにたまたま会っただけやで」

 「たまたま…そう、ならもういいでしょ」


 俺の腕を掴み、ふっかさんは歩き出した。


 「あれ深澤さん」


 お会計を済ませた阿部ちゃんとすれ違う。

 異常な空気を一瞬で読んだようで、会釈だけして俺を送り出した。


 「…ほんまにたまたま会ったんや」

 「たまたま会って抱き合ったんだ」


 見てたんか。


 「少しだけハグさせろって言われた」

 「いいよって言ったんだろ」

 「…ごめん」

 「いいよ、代わりの俺がわがまま言って悪かった」

 「ふっかさんそれは」


 ふっかさんに引かれてる腕が痛くて、ヒリヒリして初めてふっかさんの怒りに触れたんやて思った。


 「康二!!」


 後ろから先生の声がする。


 「康二!!俺、お前に話したいことがあるから!」


 そう言って何度も俺の名前を呼んでいた。

 まるで聞こえてへんみたいに、ふっかさんは、俺の腕を引っ張り続けた。


 「俺さ今酷い顔してるだろ」


 俺の手首は更に強く握られて、痛くて、押しつぶされそうになった。


 「してるで」

 「康二のせいだよ」

 「わかってる」


 無言で車に乗り、家に向かう。

 言い訳することはできんかった。




・・・・・


 「向井!」

 「先生」


 校庭にカメラを向けていた俺に声をかけてきた。

 俺たちはこうやって放課後にはよく話すようになって、俺が写真を撮る横で先生が仕事をしてることもあるくらいやった。


 「今日も目黒撮ってんのー?」

 「そうやで」


 目黒蓮は最高の被写体やった。

 背は高いし映えるんよなあ。


 「向井、疲れてないか?」

 「え?」

 「くまもあるしちゃんと寝てんのか?」

 「寝てるよ」


 先生のことを考えてたら寝れんくなってた。


 「ちゃんと飯食って寝なきゃだめだ。無理しすぎんなよ」

 「わかってるよ」


 俺の心配ばかりしてくる先生にため息をついたけど、ほんまは嬉しかった。


 「…先生さ、彼女おらんの?」


 あまりにも現状がむずがゆかったんか辛かったんか、俺はそんなことを聞いてしまった。


 「いないよ」


 安心するのもバカみたいだけど、バカみたいに安心してた。

 先生はパソコンに向かってなにかの資料を作っているようやった。その横顔が綺麗で、触りたくてしょうがなくなってしまった。


 「先生」

 「んー?」

 「好きや」


 何度思い出しても、なんでそんなことを言ったんかわからん。でも、先生の顔を見ていたら心の蛇口が壊れたみたいに、急につい口からこぼれてしまった。


 「好きなんや」


 開いていた窓から風が入ってくる。蒸し暑かった空気は少し正気を取り戻して、今度はなにやら訳の分からん熱気がこもった。


 「俺のことが、好きなの?」


 こくんと頷いて、先生の目を見つめた。


 「好きやから、ずっとここにおってよ」


 どこにも行かんといて。どこにも。誰のとこにも。

 そう思ったら涙が溢れてきて、止まらんくなった。


 「泣くなよ」


 先生の指が俺の頬に触れて、涙を拭った。


 「…好きやねん。俺って先生にとって少しも特別やないの?」


 それでも泣き止まない俺を先生は、抱きしめた。


 「せんせい、?」

 「泣いて欲しくない」

 「せんせい」


 一気に近づいた距離が心の距離まで縮めた気がしたんや。


 「向井…」


 ぼーっと先生だけを見ていたら、気づいたときには唇が重なってた。


 「せんせ」

 「俺、お前のこと」

 「ごめんやで」

 「え?」

 「俺が好きなだけやから、俺が一方的に先生のこと、好きなだけやから」


 なにも考えられへんくなって、その場から逃げ出してしまった。


 「まって、向井!」


 キスなんてしたら、先生に迷惑かかるのに!なんでそんなこともわからんくなってしまったんや。

 好きやから?

 ならこの気持ちは、先生に迷惑やな。


・・・・・




 「痛いってふっかさん!」

 「俺も痛い」


 ベッドに投げられた俺は、力なく横たわった。


 「初めてなべの代わりじゃない俺が、康二を抱くね」


 いいよなんて言ってへんけど、もうなんも分からんかった。


 「ごめんやで、ふっかさん」


 それしか言えんからや。


 そして、俺とふっかさんの唇は重なった。




to be continued