5年前の今日、同じ金曜日
5年も経ったのか。
あの日夜勤明けの旦那はその日からお休みで
少し休んだら夕方から一緒にネトゲしようと地震が来る寸前に私達はお風呂に入ったのです
おかげで今でも家に1人の時にお風呂に入る時は急いで入る癖がぬけません
まだ思い出すと言うよりは現実のままのような少しは過去の事になったような微妙な感覚で。
でも海沿いでは無い私の住む地域は5年経った今では何事もなかったような街並みです
2、3年はあちこちで補修工事やブルーシートのかかった建物がありましたが
今はそれも済んでいます。
あれだけの震災が起こっても海沿いではなかったというだけで幸いにも私達の周りの人達はみんな無事でした。
たくさんの人が亡くなったのはやはり津波のせいなのです
地震が起きたらまず海からは離れて
山も土砂崩れの可能性があるので離れて
高い建物からは降りて命だけは守らないといけません
震度6強の地震でも亡くなる原因の多くは二次災害だからです
海沿いでも山沿いでもなくても地震の後は火災が起きる事が多いですから
会社にいる時、家にいる時、それぞれ避難場所を決めておく事が大事です
食料などの確保は普段からしておくのが理想だけど、現実的に大きな地震が来た場合
瞬時に出来る行動なんて限られてるので
自分用のリュックなどに水やカロリーメイトのような日持ちのする食料、上着や小さな懐中電灯、携帯の充電器を用意して
玄関やすぐわかる場所に置いておくと良いと思います
車があると寝る場所も確保出来て便利ですがガソリンを買いづらくなるので
私は普段から少しでも減ると不安で満タンにしております
とにかく命を守る事が最優先
5年前を思い返すと1か月近くまともにお風呂に入れなかった事が1番印象に残ってるかなー
ガスより電気の復旧が早かったので、ひたすらティファールでお湯沸かして身体拭いたり頭洗ったりしてましたね~
でもしばらくは水も貰いに行かないと無い状態でしたから最初2週間くらいはガチで
ヤバかったです
お肉も野菜もしばらく売ってなくてカップラーメンかおにぎりでした
もうパンも食べたいし牛乳飲みたいし肉食べたいし野菜食べたいし
これ本当に現実かなと思うような状況でした
どこの誰かもわからないような人が道端でキャベツ1個五百円とかで売ってたりね
農家の人にも見えなかったしどうやって手に入れたもんかもわかんないような食べ物を高値で売りに来て勿論買ってる人も沢山いましたね
アスファルトはヒビだらけ、所々水道管破裂、ガス管ヤバい所は立ち入り禁止、交通機関も止まり自転車や徒歩の人が普段見かけないくらいワラワラいて
シャッターの閉まった店の前に行列
地震から数日経って噂で開けてる店があるって聞けば駆けつけて行列に並び、数時間待ってもすぐに品切れで買えなかったり。
でもね、本当コメさえあれば何とかなりますから、お腹空いて大変だった記憶はあまり無いです
タバコも確保するのがこれまた困難でどこもどの銘柄も買えなかったですね~
たまたま通りがかったケーキ屋さんが焼き菓子だけ売っててマドレーヌ買えた時や
一瞬だけ開いたお店で偶然お肉買えた時なんかは実家の家族と分け合って食べたのを
すっごく覚えてますから
やはり食べる事に執着が出てたんでしょうね
スーパーなんかはまともな営業出来るまで
相当時間かかりましたよ
あとは旦那が休みで帰宅した後だったり
娘は大学の春休みで家にいたのが本当に良かったです
2人とも会社や学校にいたら間違いなく帰って来れないし
連絡も取れなくて心配で頭おかしくなりそうになってたと思います
数日経って車でテレビが見れるようになってから本当にとんでもない自体になってる事を知った時は正直もう今までのような暮らしは戻ってこないと思いました
沿岸の大津波、すぐ隣の放射能。
しばらくは雨や雪に絶対に濡れるなと騒ぎになりました
思い出したらキリが無くて書き切れないからもうヤメますけども
5年経ってまた普通の暮らしが出来ている事に本当に感謝します