去る9月5日

父の70歳のお誕生日でした。


私は今ハワイで
時差もあり
普段から特に連絡も取り合わないので

誕生日だったと気づいたのは

妹からの深夜の電話


日本時間は9月5日の深夜11時くらいだったか



熱中症からの腎炎で療養中、3週間前から入院してたんだけど

涼しくなったら退院出来るって


そう聞いてたから
安心して電話だけで帰国しなかった



その父が
急に心臓発作で倒れて
今心臓マッサージ受けてると

もうだめだって。
もう死んじゃうって


妹はパニックだったし
泣いてるし

私もそんなこと微塵も考えてなかったから

とっさに
あ。今日誕生日だ
誕生日なのに死んじゃう
あ。でもお父さんだから死なないだろ



て思った


聞けば
肺に水がたまり始めて水を抜いたばかりだったらしく
熱も下がらず

入院時より体調が悪かったらしい


自分で氷枕を変えようと廊下歩いてて倒れたって


それからは
一時心臓は戻って来てくれて
やっぱり父は生きたいんだ
死なないんだ

てホッとしたのもつかの間

医師から脳死判定

生命維持を続けるかどうかの選択
私の家族は
外すことを選択しました


私が少し欲を言うなら
私が日本に戻れるまで装置をつけて
ただ寝ているだけでもいい
心臓が動いているだけでもいい

植物人間でいいから

生きていて欲しかった
生かしておいて欲しかった


そうして

父は徐々に死へと。。。

じいちゃんはぽっくり死ぬから
っていつも言ってたけど

病院のベッドで私の姉妹に父の兄弟孫に看取られてきっと安らかに眠りにつきました


20年近く独身で1人だったお父さん

家事や炊事の不便はもちろんあっただろう

寂しい日も
孤独な日々もあったかな?

そんなこと考えたこともなかった


日本にいるときは近くに住んでいたし
一緒に時々ご飯を食べて
旅行に行ったり
家には週1-2回来て孫と遊ぶ

孫は8人
ひ孫も1人

きっといつも子供達に囲まれて
いつも誰かは
じいちゃん。じいちゃんて一緒にいて
楽しかったよね?


私は良い娘じゃなかった
小学生の頃はやんちゃで
中学生以降は不良だった。笑
思春期の頃はすごく厳しくて
手をあげるお父さんがきらいだった

それから
なんども警察署、裁判所
留置場にも足を運ばせてしまったし
全身刺青で


それでも俺の娘は男だったらやく⚫️だったどー
わっはっははははは
て笑い飛ばしてくれるような人でした

私が親になってからは
本当に孫達を可愛がってくれたし
本当にいいじいちゃんだった


なのに。
ありがとうもさよならも言わせてもらえないまま
逝ってしまった


私は帰国をしない決断をして
お葬式にも出られませんでした

妹に亡くなって寝ているような父の写真を送ってもらったら

死んだ。って実感できて


今までのことが本当に記憶が
蘇って来て
悲しくて
今日で9日目。まだ9日目だけど


悲しくて
悲しくて
会えなかった後悔と
もっと大事にしてあげればと
もっともっとと


そんな思いばかりが溢れて


毎日こちらでお線香をあげ
祈る日々、お父さんに問いかける日です



70歳のお誕生日
早かった

早かったけど
本人はおじいちゃんが亡くなった
53歳を過ぎた頃から
俺はもうすぐ死ぬど
ってずっと言ってた

大酒呑みで不摂生
大きなお腹でさ
だから70でも
めーいっぱい生きたよ

お葬式に来てくれた300人の方々が皆口を揃えて
温かい人だった
やんちゃで。どーしよーもない人だけど
誰からも好かれてたわ

人の悪口なんか言ったことないもんな
飲み友達はこの街で1番いたよ

と口を揃えて言ってくれたと

それを聞いて
またあっちで笑ってるんだろうなーて

ほーら言ったろ。って

どーしよーもない風来坊なお父さんだったけど
こんなにたくさんの人たちが
最後にお別れを言いに来てくれて
泣いてくれて
笑ってくれて

最後まで幸せだったと信じたいです


私が最後に会った日
ハワイに来る日
お父さんはしばらく帰ってこられないから死なないでよって言った私に
もう死んじゃいますから。笑
今までありがとうございました
お世話になりましたー

って明るく帰って行った。

本当に最後なんて思わないから
またバカなことばっかり言ってるよって

次女と笑ってた


最後の電話は入院したとき。
帰るって病院は無理って騒いでるらしかったので
電話で次女と
ちゃんと療養しなよー
死んじゃうからね
言うこと聞いてよ‼︎‼︎‼︎

って言うと
次女の名前を呼んで

はい。はい
わかったよー
もう死んじゃうよ。。。

とか細い声で
それが最後の会話になった

もしも最後だってわかっていたら
もっといっぱい話して
昔話とかありがとうを伝えたかった


今はまだ
たっぷりの後悔しかないので


時間が過ぎればこの気持ちも徐々に
消えていくだろうと思います


忘れることはないし
繰り返し思い出し
悲しくなったり
寂しくなったり

1番身近な大切な人を失くした今

もっと家族や友達を大事にしたいと
思えました。


お父さん
すごく仲が良い親子ではなかったけどさ
お父さんの子供に生まれて幸せだったよ

どーしよーもないお父さんでいてくれて
ありがとう。