山口県の下松市で住宅に侵入して居座ったクマが麻酔銃で撃たれて捕獲され、
その後に殺処分されたニュースについて


本当に“殺処分”が必要だったのか?

と考えた。


窓際で足を投げ出して居眠りしている姿は

まるで“森のクマさん”のイメージだ。


彼の罪は、何なのか?

家の中を荒らしたのか?

恐怖を与えたからか?

殺されるほどの罪を犯した?


人間が不法侵入罪で、死刑になる事はないではないか…。

一度、里に下りたクマは、また下りて来るからとニュースでは伝えていたが、


せめて、動物園などで引き取ってもらう方法などはなかったのか?


これが欧米であれば、

また最終的な処置は違ったのではないかと思う。


確かに、ツキノワグマがタケノコ掘りや山菜採りの人間を襲う残念な事件が数年前から発生している。

でも、それは彼らのテリトリーを侵した人間に対する警告で、

生きていくために必死な野生動物であれば仕方ないことなのかもしれない。


私が棲む人間社会と野生動物の境界線で生活している地域では、

共存する方法の模索が日常的に行われている。


今、それが難しくなっている事の原因は、
どこにあるのか…。


勝手に山を切り開き野生動物の生態系を破壊した人間にあるのではないのか?


むやみな殺生は、人間の傲慢だ。


“森のクマさん”の殺処分には反対です。