7月下旬からしばしば心に浮上するキーワードがあります。
 
それは、「除ける」
 
なぜこのメッセージが繰り返し浮かぶのかわかりません。
 
 
昔は、並んでいる時に、理由の一言も言わないで割り込む人に腹を立てていました。
 
昔は、小さな物を盗まれると価格に関わらず、腹を立てていました。
誰が盗んだか見てはいませんが、検討がつくし、大抵は当たっていました。
 
混んだ電車で複数回足を踏みつけながら一言の謝罪もしない人に、腹を立てていました。
 
始発電車に乗る為に20分も並んだあげく、
松葉づえの人が近くに来たので、席を譲ったのに、
一言のお礼もなく無言で座った人に、がっかりして、寂しかった。
 
  等々、数えればきりがない。
 
 
 
これらのことができない人は、些細なことができないということであり、
 
波動が悪い。
 
だから、そういう人が近くにいた場合は「除ける」。
 
「除ける」という言葉がここのところ頻繁に思い浮かぶのは、このことだと思っています。
 
 

 
波動が悪いのだから、割り込みされても注意をしないほうが、二次被害が防げる。

物を盗まれても、それを平気でしてしまう人と分かっただけで、意味があったと割り切る。
 
要するに自分が心地よくいるために、
正義を貫くのではなく、議論するのではなく、自然に「除ける」。
これも「知恵」の一つ。
 
この夏、このメッセージがたびたび心に浮かびます。
 
 
正義をかざして議論するのではなく、自分が心地よくいられるための
 
「除ける修行」、「除けるゲーム」
 
がスタートです!