夏目漱石、正岡子規、坂本龍馬など文学と歴史にゆかりの地を子どもたちにも学べるチャンスです。まずは、「坊っちゃん」ゆかりの地を巡りましょう。

 愛媛県松山市にある道後温泉は、日本書紀にも登場する日本最古の温泉街です。荘厳な建て構えの「道後温泉本館」は、国の重要文化財に指定されており、歴代の天皇家も訪れる歴史深い温泉です。泉質は「美人の湯」としても知られるように、きめ細やかな日本人の肌に合った優しいお湯が魅力なので、薬効を楽しんでください。

松山市の観光スポットをめぐる「坊ちゃん列車」は、昔ながらのレトロな蒸気機関車の形を模した、観光客に人気の路面電車です。120年以上前に実際に走っていた電車を復元したもので、当時は黒煙を上げながら松山市民の足として活躍していました。夏目漱石の小説「坊ちゃん」にある「マッチ箱のような汽車」という言葉の通り、素敵な木製の内装をしています。松山市駅電停そばの「坊ちゃん列車ミュージアム」には、実物の車両部品や昔使われていた切符が展示されており、坊ちゃん列車の歴史を知ることができます。また、松山市にある「えひめこどもの城」は、草花や木々が立ち並ぶ自然豊かなスポット。フリーマーケットやマラソン等のイベントが毎週開催され、多くの親子連れで賑わいます。広い園内には「冒険の丘」「創造の丘」「環境体験学習コーナー」など、各年代の子供の興味関心に応じた遊びを選択できる「体験ゾーン」が設けられています。メイン施設の「あいあい児童館」には大型の遊具や楽器があり、雨の日でも一日遊べます。スワンボートやスリル満点のボブスレーもあり、大人も一緒に楽しめます。

「2日目」

 愚陀仏庵

明治28年(一八九五)、松山中学校英語科教師として、月給八〇円で赴任し た漱石は、6月下旬、城山山裾の愛松亭から松山市二番町上野義方邸内の二階 建の離れに移った。一階も二階も四畳半と六畳であった。日清戦争に記者として従軍の帰路喀血した子規は、神戸で療養のあと松山に帰り、8月27日、漱石の下宿へ移り、階下の二間を居室と定め、漱石は二階に移った。10月17日までの五二日間、子規はここに起居して、「俳諧大要」を書き、当地の「日本」派俳句結社「松風会」会員約三〇名を日夜指導した。 また、漱石も自らを「愚陀佛」と称し、この宿を「愚陀佛庵」として俳句に 熱中しました。
 子規堂

近代俳句の創始者・正岡子規が17歳まで暮らした家を復元した記念堂。子規が使っていた机や遺墨、遺品、写真などを展示してあります。子規堂前の広場には、子規と交流があった夏目漱石の小説「坊っちゃん」に登場する「坊っちゃん列車」の客車があります。

 桂浜

 清滝寺

清瀧寺は行基菩薩による開基で、当時は院号が「景山密院」、寺号が「繹木寺」でした。後に弘法大師がこの地で修法を行い、現在のように院号・寺号を改めました。 江戸時代に火災で焼失していますが、慶安4年(1651年)に土佐二代藩主・山内忠義によって再建されています。

「3日目」

 遍路道「そえみみず」

貴重な先人の足跡を残した遍路道、中土佐町久礼長沢から四万十町床鍋(七子峠 293m)に至る中世からの幡多路への通り道で あった往還(国道)で、約5kmあります。「16歳の龍馬が父親と共に歩いた」という逸話も残されており、 道中には、「お奈みさん」と土地の人に語り伝えられる遍路墓や峠付近には明治時代まで茶屋があった庵跡があります。今は黒竹林となっている庵跡は、その昔、修行中の空海が久礼湾上の月を賞して「海月庵」 という庵を結び、地蔵菩薩と自坐像を刻んだという空海修行伝説の地でもあります。