<演奏>
笙:田島和枝 水を入れた法螺貝:川島素晴
1980年代から、いわゆる「タイムブラケット」による作曲を行うようになったケージは、とくに晩年の数年間は、この方式を、易経のプログラムを開発したアンドリュー・カルヴァーの協力を得ながら実践し続けた。
タイムブラケットとは、およそ次のようなものである。
・ソロからオーケストラに至るまで、どんな編成であっても、パート譜のみを用いて、それぞれストップウォッチを見ながら(あるいは指揮者に相当する位置などに時計を表示するなどの可能性もある)進行する。
・各部分の開始、終了の瞬間がフレキシブルな設定になっている。
例えば、ある部分が、0'00"〜0'15" で開始、0'45"〜1'00" で終了、等。
・各部分の演奏内容も、リズムなどは記譜されず、音が1音から数音の範囲で書かれている程度であることが多い。
このような仕立てであることによって、結果的に、演奏のたびに音響は微妙に変化する。とりわけアンサンブル作品では、音の重なり合いが毎度異なる。しかし、作品の全体像は大きく変わらない。窓から見る風景が日によって少しずつ変わるような、そのような「自然な」変化が体験できる。もしも、時間や音の全てを自由化した場合には、演奏家が作為的な演奏をしがちになる。自然に倣うことを志すのであれば、このような方式による緩やかな不確定性こそが、最も目指すべき状態を実現できる。
この方式によって作曲される作品は、ほとんどの場合、編成の人数が一人なら《ONE》、二人なら《TWO》、といった具合にそのまま題名となっており、今回演奏する《Two3》(本来なら数字のスペルを全て大文字として、3は指数のように右上に小さく表示する)は、この方式で書かれたデュオ作品の3番目の曲、ということになる。(このような作品群を総称して「ナンバーピース」と呼んでいる。)
宮田まゆみの委嘱によってケージが亡くなる前年、1991年に書かれた笙のソロ作品《One9》は、10の部分からなる119分に及ぶ大作である。
その《One9》に、水を入れた法螺貝のパートを追加したものが《Two3》である。もしも全部を演奏するとしたら、法螺貝は5個必要となる。全曲が119分ともなると、なかなか全部の演奏は難しいため、しばしば部分演奏が行われる。今回は、10曲中で最も短い第5曲(10分15秒までのタイムブラケットが書かれている)のみを演奏する。
法螺貝パートは、10曲全てにおいて、タイムブラケットで言うところの最後段に相当する部分のみに指定され、それぞれ1〜3回の数字が指定され、使用する法螺貝はそれぞれ1個しか選ばれていない。第5曲では、法螺貝は、最後の1分40秒の中で3回の発音が指定されている。つまり、この曲はデュオ作品だが、最後に3回、鳴らすだけのパートということになる。
特筆すべきは、ケージの指示である。
(回してみたときに)待っていても、結局音が出ない場合は沈黙を保つ
(If one is not forthcoming he remains in silence.)
とある。
《INLETS》の解説で、今回の演奏を「虚心坦懐に音を待つ」ような姿勢を重視した理由として挙げていたのは、この指示を読んだことである。
このような姿勢こそが、水を入れた法螺貝の演奏に、ケージが求めていた境地なのだ、と。
決して「演奏」するのではない。
音が出るか出ないか、試してみよう、そして、出るのを待ってみよう。
そうした心持ちで奏でるのには、最後に3回の登場で充分である。
次のツイートは、今回演奏して頂く田島和枝宅でのリハーサル風景。
大変美しい景観で、こうしたケージ作品を奏でるのには最適なロケーションであった。
先日、笙の田島和枝さん宅でケージ《Two3》のリハを行いました。景観がすばらし過ぎて、もう本番を行った気になっています。笑
— 川島素晴 Motoharu Kawashima (@action_music) April 20, 2021
この作品の法螺貝は水を入れて「ボコッ」と音を出すのみ。
一週間前。
客席半減、全席指定のため良席は埋まっております。
お申し込みはお早めに!https://t.co/fSW8dMJRVB pic.twitter.com/C2yuKRPcQZ
伶楽舎の笙奏者である田島和枝は、私的な場面でまずお世話になっていて、このすばらしいご自宅で何度もご馳走になっている。宮田まゆみに次いでケージの《One9》の全曲演奏を成し遂げた人物でもあり、2019年には笙のトリオ「笙ガールズ」のための新作《環笙》を提供した。それこそ、ご自宅で《One9》の一部を演奏して頂いたこともあるが、このたび、念願の共演が叶う。