「可児君の面会日」特別企画第二弾!


出演者そして演出がリレーでつないでまいりました連載小説!!


『クリスマスまでに降る雨』


総集編・第二部。どうぞごゆっくりお楽しみください。


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第七話

寒々しい神谷の部屋で、神谷は青ざめた顔でベッドの上で膝を抱えてうずくまっている。


鈴木は今まで見たことない神谷の怯え方に、軽い気持ちで日之影を連れてきたことを申し訳なく感じた。


「聖ちゃん・・・大丈夫か?」

顔を腕の中にかかえこんだまま、弱々しい声がぽつぽつとこぼれてきた。


「・・・今、気付いた。・・・俺、17年連続で、クリスマスは不吉なことが起こってるって言ってたけど、・・・最初の頃の記憶が、ない・・・・・・」


「「えっ!?」」


鈴木と日之影の声が重なった。

「・・・小学校あたりはあるんだけど、・・・保育園の記憶がない・・・」

「なっ・・・何言ってんだよ!俺たち保育園から一緒で・・・」

「お前が俺の記憶の中に出てくるのも、小学校からだ」
「でも、家が近所だから、保育園から帰ってお互いの家にしょっちゅう遊びに行って・・・。お前だって、『保育園からの腐れ縁』って言ってただろ!」

「言ってたけど、よくよく考えたら記憶がない!・・・植え付けられた言葉みたいに言ってた・・・」

神谷は、さらに体を小さくした。

夢みたいな実感のない静寂。

鈴木も、確かだと思っていた自分と神谷との幼い頃からの記憶が、本当に事実だったのかと、一瞬眩暈がした時


「アルバムを見ましょう」


芯のある声が、現実に引き戻した。


二人が振り返ると、日之影が切れ長の目を一層鋭くして立っていた。


「あなたの失くした過去になにかある。それを知るために、鈴木さんに昔の思い出の物を頼んだの。ちょうど良く、アルバムを持ってきてくれたから、それを見れば何かの手掛かりになるかもしれない」


三人は、小さなテーブルを囲んで座り、その上に置かれた少し古びたアルバムを見始めた。


鈴木が表紙をめくる。


保育園の入園式の写真から始まっていた。


入園者全員で撮った大きく引き伸ばされた写真や、幼い鈴木と両親との写真。
次のページには『聖二くんとお昼寝』と書かれた写真が早速出てきた。

それからも、お花見だのプールだの遠足だの、行事にはかなりの頻度で神谷が写っている。

いないのは家族旅行の写真くらいだ。


「覚えてるか?聖ちゃん」


瞳孔の開いた瞳で固まったままの神谷に、鈴木は恐る恐る聞いた。


「・・・いや・・・」


口だけが小さく動き、かすれた息声が漏れた。

「俺だって、さすがに全部覚えてるわけじゃないが、所々覚えてるぞ。

ほら、この遠足の時、聖ちゃん帰りに派手に転んで・・・」

「わからない・・・」

目は写真に釘付けのまま、鈴木の言葉を遮った。

「そもそも、保育園に通っていた記憶がなくて、ここに写っているのが自分なのかもわからない・・・」

青ざめたままの神谷にそれ以上何も言えなくて、無言で鈴木はページをめくる。


「・・・ん?誰だ?」


ふと、鈴木の手が止まった。

「『春美ちゃんと聖二くんとクリスマスパーティーにて』・・・誰、この子?」

鈴木の訝しい声に、固まっていた神谷と一枚一枚丹念に写真を見ていた日之影が覗き込む。


「亮太んちでやったクリスマスパーティーか、これ?」


「背景からしてそうだけど・・・聖ちゃん、この子知ってる?」

「・・・いや、亮太の親戚の子じゃないのか?高校生くらいかな?」

写真には、高校生くらいの年齢のロングヘアの女の子が、小さな二人の男の子と一緒にクリスマス料理を前に微笑んでる。

「春美なんて名前どころか、このくらいの年齢差の女の子の親戚なんか知らないよ」

「じゃ、誰だ?」

それからページをめくっても『春美ちゃん』はその一枚しかいなかった。


「何か思い出したか?聖ちゃん」


全てのページが終わり、縋るような目で鈴木は聞いた。

「・・・やっぱり保育園時代の記憶がない。あるのは小学校からだ」

疲れたため息が同時に二人から漏れた。

日之影だけがページをめくり返して、もう一度見返している。
ほぼ同じリズムでめくっていた細い指が、あるページで止まった。


「1997年12月24日・・・。この『春美ちゃん』がいるクリスマスパーティーは、17年前よ」


その謎の写真の右下の日付は、不吉なクリスマスの始まりのイヴだった。


第八話


春美ちゃん…

聖二は全く記憶に無い女の子の事をなんとか思い出そうとした。
だがその瞬間!聖二の頭に激痛が走った!

「ぐあっ!!…うぅ‥」
「おい!?聖ちゃんどうしたんだ!」
「神谷さん!?呼吸を落ち着けて、この護符を握ってください!」

すると日之影が取り出した護符が仄かに発光し聖二の苦痛を和らげていった。

「ハアハア…」
「そんな!こんなに急に人体に影響が出るなんて……まさか!?」

日之影は俄かに立ち上がると部屋中に意識を集中し始めた。

「そこねっ!!」

さらに護符を取り出すと、部屋の一角へ放った!

「おい聖ちゃん‥俺は夢でも見てるのか…」
「もしそうならおれも一緒に夢を見ている事になるよ…」

そう、そこには17年前のアルバムに写っているのと全く変わらない姿の春美ちゃんがいたのだ。
そして日之影の放った護符を握り潰している。

「あなた何者なの?私の隠形を見破るなんて。しかも逃げる余地が無いように無詠唱の超高速術式起動…。」

異形の存在である春美も、日之影の事を警戒しているようだ。
それもそのはず、通常はちょっとした術式でも必要なワードをいくつも選定し、配列し、自分の力場に溶け込ませなければ発動しないのである。

「その実力があるなら、さっき気づいたでしょ?聖二くんの中に秘められたモノに。」
「何だよそれ…おれに何があるって言うんだ!?」
「あなたは知らない方がいいわ。大丈夫です。こいつを祓ってしまいさえすれば、普通の生活ができるんですから。」

日之影は聖二を守るべく立ちはだかった。
だが春美は警戒しつつも振る舞いは奔放である。。

「もう!計画が台無しよ。二十歳のクリスマスに彼の中のモノが実るまで、毎年術をかけて密かに育てたきたのに、あとちょっとでバレるなんて。」
「おいおい!じゃあ聖ちゃんの今までの不幸はもしかして!?」
「ああ、ちょっとした副作用よ☆」
「ちょっとしたどころじゃなかったよ!」

当人にしてみれば毎年毎年苦痛を味わってきたのだ。聖二の声は怒気を孕んでいた。

「つーか、日之影さんもテレビで見るのとはまるで別人だぞ!?」
自分が連れてきた人が異形と張り合っている事に、亮太も動揺している。

「あんなのは番組を盛り上げるためのパフォーマンスです。
その…数字取れないとまた呼んでもらえないじゃないですか…生活費がですね…」
「「そこなの!?」」
幼なじみ二人のツッコミがシンクロする。

「とにかく!」
日之影は春美に翻った。
「あのアルバムが神谷さんとあなたのパスを強めてしまった。それが運の尽きでしたね。」
「全くね。とんだ計算外だわ。
そうだ、余計なことをしてくれたそっちのお兄さん。
イラっときたからあなたはここで殺っちゃいましょう。てゆうか聖二くんを見つけた時に先に殺っとけばよかったわ」
「ええ!俺!?」
「させると思っているのですか?」

日之影は春美と正面から対峙すると、双方霊圧を高めていった・・・!


第九話


窓を叩く雨音で聖二は目を覚ました。


夜が明けたようだが、室内はまだ薄暗い。


聖二のベッドで大の字になっている亮太のいびきが聞こえる。


聖二の記憶する限り、この部屋で日之影と「春美」が激しい戦いを繰り広げていたはずだが


日之影と「春美」の姿はない。


夢だったのだろうか。


部屋を見回すと、片隅にアルバム。そして、見慣れない茶封筒がアルバムに載せられている。


身体中の軋むような痛みをこらえつつ、聖二は手を伸ばして茶封筒から白い紙片を取り出した。


「請求書?」


読めないくらいの達筆で「弐百萬円」と書かれ、宛名は「神谷聖二様」。丁寧に赤いインクで「ヒノカゲ事務所」という社印が押されている。


「に、にひゃくまんえん???」


どうやら夢ではないようだ。


アルバムには「春美」の写真。


この状況からすると恐らく、「春美」は日之影によって「浄化」されたのだろう(二百万円が適正なのか法外なのかは別として)。


それにしても、「春美」とは一体何者なのか。なぜ聖二の小学校以前の記憶が失われているのか。「春美」は聖二に何をしようとしていたのか…全く謎のままだ。


聖二は請求書に記された日之影の携帯らしい番号に何度か電話したもののつながらない。


「となると…」


何か手がかりになることを知る人物がいるとすれば、聖二の両親だ。両親は聖二のアパートの最寄り駅から2駅目の場所に住んでいる。


しかし、高校卒業と同時に家を出た聖二は、一度も実家を訪れていなかった。


正直なところ、両親に会いに行くことにあまり気は進まないのだけれど、他にこの局面を打開する手立ては今のところありそうにない。


明け方からの雨は夕刻になっても降り続いていた。

「おまえさ、なんで実家に帰らないの?」


亮太がたずねた。

聖二はなんと答えたらよいのかわからない。


実家は取り立てて金持ちでも貧乏でもない、いわゆる平均的な家庭だ。


ただ、共働きであることを負い目に感じるのか、必要以上に聖二に気を遣ったり、突然感情的になったりする両親を常に重たく感じていた。その結果聖二は高校卒業とともに家を出たのである。


実家には母親がいた。


神谷雅子49歳。看護師。


「どうしたの?突然?あらあら亮太くんも一緒なの!?連絡ぐらいしなさいよ~」

一年半ぶりの息子の帰宅にはしゃぐ雅子への挨拶もそこそこに聖二は単刀直入に尋ねた。

「春美って誰なの?」


「えっ…」雅子の顔から血の気が引いた。


「おれ、小学校に入る前の記憶が全くないんだ。それと春美って人と何か関係があるんじゃないの?」


表の雨はますます激しさを増したようだ。


「どこでそれを…」


雅子の動揺は明らかだった。やはり「春美」と聖二の記憶に関わりがあることは間違いない。


「突然こんなこと言っても信じてもらえないと思うけど…とにかく、その春美さん

がおれの前に現れて…おれの中で何かを育ててるって言うんだ。それが一体なんなのかおれにもわからないんだけど、今年のクリスマスにそれが完成する…らしい」


雅美はしばらく黙っていたが


「あんたたち、とにかく座りなさい。今コーヒー入れるから。亮太君寒かったでしょ」


そういって雅子はキッチンに入った。


聖二と亮太はダイニングテーブルの椅子に腰を下ろした。


通りを走る車が水を跳ね上げる音が時折聞こえてくる。


一体この雨はいつまで降り続けるのか見当もつかない。


聖二と亮太にコーヒーを運んでからまたキッチンに戻った雅子は、ヨックモックの缶を2人の前に置いた。


雅子が医療関連の新聞記事を切り抜いたものや、諸々のメモや、そんなものが雑多に押し込まれているもので、聖二も見覚えがあった。いつも冷蔵庫の上に置かれていたはずだ。


その缶の底の方から雅子は一枚の新聞の切り抜きを引っ張り出し、聖二に渡した。


見出しは


「クリスマス会から帰宅途中の女子高生殺害される」


というものだった。


「24日午後8時頃、世田谷区西烏山三丁目の路上で高校生、五塚春美さん(18歳)が、知人の男に包丁で全身を刺され死亡」


丸い枠の中の笑顔の少女は確かにあの「春美」だった。


日付は1997年12月24日。アルバムの写真と同じ日だ。



春美は半年ほど前からストーカーに悩まされていたこと、春美の母は働く母親たちから、保育園の休みや時間外に子供を預かる『保育ママ』で、春美もそれを手伝っていたこと、事件当日はそうやって預かっていた子を連れてクリスマス会に参加していたこと、幸い連れていた少年にけがはなかったこと…


「この事件のあと、聖二はしばらく声が出なくなってしまってね。かと思うと夜中に突然大声で泣き出したり…、でも私もお父さんも仕事から離れるわけにはいかなくて、一番必要な時に一緒にいてやれなかった。亮太君のお宅にもよく預かってもらって、ずいぶんお世話になったわ」


雅子は続けた。



「春美ちゃんはあんたのこと弟みたいに可愛がってくれた。お祭りだなんだって行事があれば、あんたを連れて歩いてくれてね。本当にいい子だった。あの事件の時もあんたが巻き添え食わないようにしっかり抱きしめて守ってくれてたんだって」
続いて見せられた雑誌の記事にはもう少し詳しい事情が記されていた。
雨はまだ降り止む気配がない。第十話



「だから…聖二の記憶が無いのもしょうがない事だと思うわ。目の前で失ったものが余りにも大きかったから」


そして、

雅子は伏せていた眼を上げて、空々しく明るく続ける。


「本当、あの時は大変だった。鬱ぎ込んだ聖二を亮太君が支えてくれた事にどれだけ救われたか。ありがとね。亮太君…」


亮太はどこか申し訳なさそうに笑みを浮かべて、鼻の頭を掻いている。

「俺も、あんまり憶えてないから、きっと、必死だったんだと思います」


「うん。でもありがとね。こうして感謝を言える事にも…」


雨足は弱まり、ぽつん。ぽつんとだけ音が聞こえる。


「御葬式の日、私達は春美ちゃんに、御両親に、何て言えばいいのか…わからなくてね。ずっと、心にひっかかってた。それなのに、それなのに、日々の生活と聖二の所為にして、その事から逃げていたわ。今まで言えなくてゴメンね…聖二」


聖二は無言だった。


雨は霧へと変わっていた。


実家を後にし、自分の住まいに戻る頃には日が暮れていたが、部屋には相変わらず亮太が一緒にいる。


「なんで、まだ居るんだよ」


母の話を事実として捉えてはいても、気持ちに整理がつかない思いを聖二は亮太にぶつける。


「え?何が?」


なんの含みも無く、しれっと言いながらコーヒーカップを2つ置き、テレビをつける。

「お前、ちょっ…」
「あっ!日之影さんだっ」


亮太に話を聞く気がないのが分かると、聖二もチラリと画面を覗く。


「へー。LIVEだー。こーゆーの生放送していいのかね~」


昨日会った人物にテレビ越しに再会するのは不思議な気分だ。


『…のように、先天的に霊を受け入れ易い人もいれば、後天的に受け入れ易い人もいるのです。この場合、強いショックや喪失感が招く、例えば魂のズレの様なものが…』

亮太は何も言わなかった。


『ただ、勘違いして欲しくないのは、霊と云うのは元は人間の心、思い。だという事を理解して欲しいの。たった一つの感情を世に残した結果、起こる事象様々ではあ…』



聖二は仕方なくテーブルの上にある自分の携帯を取るが、見慣れない番号に躊躇する。


「聖ちゃん。」

亮太に優しく声をかけられ、聖二は考え過ぎだと気づいた。


「…もしもし」


「あ、もしもし?日之影です。」


意味が分からない。


「え⁉︎ちょっ…い…テレ、ビ…」


「あー、特番?録画。録画。」


日之影の話によると万が一を考慮して、撮影したものを編集せずに流しているだけ、との事だ。いくら本当に力が有っても「何か有ったらどうすんのよ」だ、そうだ。


「春美さんと話した事を伝えるわ」


日之影は電話越しに事実を伝える。春美は日之影の事を他の雑霊と勘違いした事。年々ズレが歪んで行く事。それは自分の死んだ日が関係していて、閉じ込めていた無意識の部分である事。今まで守っていた事。


「春美ちゃん…」


聖二が呟いた時には、もう雨は上がっていた。


「乗り越えられるだけの心と身体に成長したらズレが戻って、そして春美さんは消える、と言っていたわ」


「へ~。ただ見つめ合ってただけじゃないんだ」

亮太が内容には触れず感想をもらしていた。


無意識の部分を乗り越える事が出来るのか、聖二には不安であったが、会って言いたい人達がいる。会えるなら伝えたい人がいる。


聖二は決心をした。

止まない雨は無い。



最終話

Xmasには奇跡が起きる。

誰かが言っていた。

奇跡?

聖二はその言葉の意味をいつも考えていた。

奇跡なんか起きなくっていいや。

奇跡なんか望んでないんだ。

11月に降る雨は一雨毎に冬を呼び、12月に降る雨は雪の匂いをさせながら凍てつくような寒い日をこの町にもたらす。

雲の切れ間から一条の光がアスファルトを照らして雨に濡れたそこはキラキラと反射する。
12月の澄んだ空気は反射する光を星の瞬きのように照り返している。

聖二は独り、町を歩いていた。

向かう先は決まっていた。

するべき事もまた決まっていた。

いつまでもXmasのせいにはできないのだ。


亮太は聖二の部屋にいた。

彼が戻るのを待って。

亮太にはそれが精一杯だった。

そう。

全ての人が、その持ち分を精一杯に生きる事が、このたった一度の人生に約束された唯一の道なのだ。そしてそれは春美にしても日之影にしても同じ事なのだ。


聖二が部屋に戻ったのは12月23日の夕方だった。

イルミネーションに雨が降り注いで、冷たくて眩い輝きが曇天の下に広がっていた。

部屋のドアが開くと亮太は直ぐに聖二に駆け寄った。

「聖ちゃん!」

亮太の声は狭い部屋いっぱいに響いた。

「るっせーな。デカイ声出すなよ」

「ご、ごめん。聖ちゃん、終わったの?全部終わった?」

「亮太、わかんねーよ。俺にも。こんなもんに終わりなんかないかもしんねーだろ。だから帰って来たんだよ。兎に角、明日はXmasイブだ。あの忌まわしいXmasだよ」

「うん」

「とりあえず寝かせてくれよ。亮太」

「うん」

聖二は眠った。余程疲れていたのだろう。彼は泥のように眠った。夢の中で彼は春美に出会った。春美は笑っていた。

聖二が目を覚ましたのは12月24日の昼過ぎだった。雨はまだ、降り止まないようだった。彼は傘もささずに雨の中に出た。
雨の中を歩きながら、彼の頬には涙がつたった。たった一人、随分遠くに来たような気がした。

どれくらい歩いたろうか、沢山の花束が手向けられた場所に出た。

西烏山。

そうあの場所だ。

聖二はその場に跪き、嗚咽を漏らした。意識は薄らいで行くようだった。



「…い…ちゃん!聖ちゃん!」

亮太だ。

亮太の呼ぶ声で、聖二は目を覚ました。

「亮太…」

亮太はホッとした。

「亮太、ここは?」

「聖ちゃんちだよ。道端で倒れてて、担いで来たんだよ」

「そか。雨は?」

「止んでる。雪に変わったんだ」

「風邪、引いたかな、俺」

「39.6度あるよ、聖ちゃん。あんな雨の中歩いたんだもん、当たり前だよ」

「今年のXmasは風邪を引いた、それで済んだ」

「聖ちゃん、じゃあ…?」


誰かが唄っていた。
雨は夜更け過ぎに雪へと変わるだろう、と。

つまり。

Xmasまでに雨は必ず降るのだ、当たり前のように。

聖二は目を閉じた。

降り積もる雪が世界の音を吸収していく様子を想った。

39.6度の熱を抱えて、聖二の最悪のXmasが始まる。



メリークリスマス、春美ちゃん。


完。