第25話


僕は一旦部屋へと戻った。まずは考えることだ。こうして宮坂がスパイだということが判明した以上、このことを利用するよりほかに生きぬく道は無いのだ。

ふと見ると携帯電話が着信を知らせる点滅を繰り返していた。

着信は宮坂からだった。電話すべきだろうか?それとも無視すべきか。留守番電話にメッセージが残されていた。

「お世話になっております、宮坂です。その後いかがなさいましたかと思いまして電話させていただきました。荷物はお受け取りになれたのでしょうか?ご連絡お待ちしております。」

留守電に入っている宮坂の声はどこか上ずっているようにも聞こえる。また極度に緊張しているようにも聞こえたし文章もどこと無く不自然だった。僕は電話している宮坂の背後にコニシの存在を感じた。コニシは宮坂の後ろに立ち、事の首尾がうまくいっていないことをなじり、僕への電話をさせているように感じた。だとしたら、へまをした宮坂はどうなるのか。僕はとっさに宮坂に電話をかけた。長い呼び出し音の後、宮坂が電話に出た。

「もしもしキクチさんですか?心配したんですから。どうしたんですか?」

宮坂の質問は矢継ぎ早だった。僕はほんのつかの間、躊躇を見せた。

「すみません、新宿までは行ったんですが、急に気味が悪くなってしまって。でもどうして心配なんかして電話してくださったんですか?」

「いや、なかなか連絡くださらないんで何かあったんじゃないかと。そう思いまして。」

「僕は大丈夫です。でも、コインロッカーの荷物はもしかしたらかなりの時間を経過しているので駅の事務所に預けられてるんじゃないでしょうか?もしそうだとしたら、僕は今、身分を証明するようなものを何も持ってなくて。どうしたら良いかと。」

宮坂には一瞬の沈黙があった。

「そうですね。そうかもしれませんね。」

「なので、日を改めて駅にいってみます。コインロッカー自体の鍵は僕が持ってるわけだし。」

「でも、早く確かめたほうが良いんじゃないでしょうか?どちらにしても。」

「うーん。じゃ、宮坂さん一緒に行ってくれませんか?それで僕の荷物だということを証明して受け取って、その場で荷物を渡す、それなら一度で全部すみますよね。」

「分りました、そうしましょう。じゃ、明日はどうですか?」

「はい。じゃ、明日の十二時に新宿の西口改札に。よろしくお願いします。」

宮坂はその後なんだかんだと念を押すようなことを言ってから電話を切った。

僕はその手ですぐに裕美に電話をかけた。

「もしもし、どうかしたの?」

「明日、宮坂に会うんだ。新宿の西口で。」

「え?そんな…。危険じゃないのそんな事したら。」

「危険だろうね、そりゃ。でもそうするしかないと思うんだ。こうなった以上。」

「止めても無駄なのよね。」

僕は一呼吸おいてからゆっくりといった。

「利用すればいいんだ、この機会を君も。」

裕美は黙っていた。きっとそのつもりだったんだ。ただ、まさか僕がそんなことを言い出すとは思っていなかった。僕はもう一度、念を押すように言った。

「利用すればいい、明日の12時に僕は新宿の西口で宮坂に会う。コインロッカーの荷物を受け渡して、その跡で僕はきっとコニシのところに連れて行かれる。それで全部のけりがつく。そこを君が利用すればいい。僕は後悔しないし、これで最後にしたい。生き残るにしても駄目にしても。じゃ、明日。」

裕美の返事を聞かないうちに僕は電話を切った。そしてゆっくりとキッチンに向かい、戸棚からカティサークを取り出してキャップをはずすとそのまま口の中に流し込んだ。琥珀色の液体はのどを焼くようにゆっくりと腹のうちに収まった。

これですべてが終わるわけではないだろう。だとしても、これは避けては通れない道なのだ。僕はもう一度カティサークの瓶を口まで運び残っていた液体を一気にのどの奥へと押しやった。