本日も同じく恋愛依存症の心理分析 ピアメロディ ミラー&ミラー 訳水澤都加佐さんの本から抜粋です。



恋愛依存症者と回避依存症者の関係には、激しい感情と妄想と衝動が存在します。
双方ともに、現実や親密さを避けるために利用します。


ここで話しを挟みますが、恋愛依存症者同士の関係もありますし、回避依存症者の関係もあります。なにも恋愛依存症には回避依存症者という決まりはないのです。


☆恋愛依存症者同士の場合☆

お互い束縛して、べったりと依存しあい、自分たちのパートナーシップからその他の人達を締め出すこともあります。
子供が居た場合は、子供を締め出してしまうケースも多くあります。


☆回避依存症者同士の場合☆
激しい感情の薄いものになります。
そのほうが快適なので、お互い激しい感情を抑制することに同意するのです。
しかし、生きているという感覚を味わうために、他にアディクションしていくのです。
片方がワーカーホリックの場合、片方は、趣味に没頭する。
片方がアルコール中毒の場合、片方は、取り憑かれたように浪費したり、庭仕事に没頭する。
その他には、子供恋愛依存症の症状を示し、パートナーを避けるという場合もあります。
実際には、彼らは、二人の関係の親密さを避けるために外界の熱中できることを利用しています。


☆恋愛依存症者と回避依存症者の場合☆
ポジティブな激しい感情と、ネガティブな激しい感情のサイクルの中で関係を築きます。そして、サイクルを続けることに耐えられなくなると、パートナーから離れて別の相手とそのサイクルを繰り返します。それぞれは相手に魅力と反発の両方を感じます。

この矛盾を言葉であらわすと。
あの人とは一緒に生きられない、でもあの人なしでも生きていけない


なんともドラマティックですね。






ということで、惹かれ合わずにはいられない理由について書いていきたいと思います。


恋愛依存症者も回避依存症者も、アディクションを持たない人間に惹かれることは滅多にありません。アディクションを持たない人間との関係には、依存症者同士の関係のように活力を与え続ける要素がないのです。
回復の努力を続けない限り、惹かれるのは、恋愛依存症者もしくは回避依存症者のままであり、回復していない状態で、健全な人間に取り替えてみても、問題は解決しません。



それでは。


恋愛依存症者を惹き付ける回避依存症者の3つの特徴

1、慣れ親しんだものへの愛着
成長して自分のパートナーを探すとき、わたしたちはある程度、自分を育ててくれた人を思い出させる人物に惹かれます。


例えば恋愛依存症者の場合ですと、最初に育った家庭で経験した、愛され受け入れられたと感じられず、とても孤独だった感覚によって、恋愛依存症者はおとなしく、1人ぼっちで、手がかからず、わがままを言わない子供になりました。そうしていれば、両親を煩わせることはないからです。そして彼らは成長すると無意識のうちに、自分に愛着を持たない人に惹かれるようになります。

ですから、たいていは、回避依存症者である人に惹き付けられるのです。
回避依存症者は、たいていの場合多くのことに手を広げ、いつも忙しくて、神経を集中させているので、とてもしっかりとした自己管理能力を持っているようにうつります。多くの活動に携わっているため、自分のために時間を割いてくれない人には恋愛依存症者は慣れっこなのです。





2、幼児期の傷が癒される可能性
見捨てられる経験によって、恋愛依存症者は、おまえには一緒にいる価値がないというメッセージを受け取って育ちます。
回避依存症者の持つ、磁石のような吸引力の大半は、自分から背を向けて去ろうとする人間に感じる魅力であり、この子供の時に受けた傷を癒すために、自分を見捨てようとしている人と結びつき、その相手から保護や愛情を勝ち取り、自分はかけがえのない存在であるという感覚を取り戻そうとしているのです。





3、幼児期の幻想が実現する可能性
恋愛依存症者は、自分を守ってくれて慰めてくれる救済者の幻想を実現してくれる人間を捜しています。
健全な人は、相手が自分の意見を持つことを期待し、恋愛依存症者の問題をその人に代わって進んで解決してあげようとはしません。
誘惑にも動じず、激しい口論もしないので、恋愛依存症者にとって面白いものではありません。
一方、回避依存症者の主導権を握る姿勢や誘惑的な魅力、そして議論を激しくコントロールする姿は電撃的なほど魅力的に思えるのです。




基本的に、恋愛依存症者も回避依存症者も共依存の症状の苦しさからこの依存症というアディクションにはまっているわけですから。
自分のやるべきことをやらない。自分のやるべきことを人にやってもらうという性質をもっていますから。健全な人は、相手の領域にむやみにはらないようにしていますし、自分の感情のケアや、自分のことは自分で対処するという認識ですから、彼らのようなアディクションを持っている人との生活スタイルがあまりにも違うため、理解できないわけです。
ですから、なんとな~く合わないかな~というにおいを感じ、健全な人はアディクション傾向の人を避けるようになり、アディクション傾向の人は、健全な人を避ける傾向になるようです。
そのため、自分の回りはアディクションだらけのため、なおさら健全が何なのかわからなくなってしまうのでしょうね。


境界線をひけないっていうのは、境界線を犯す人や、侵される人両方ともにとって、とても疲れる関係です。
まず、この境界線をひくという作業が回復への一歩だと思います。


はい。では、また惹かれ合う理由の2へといきま~す!!