人によってインスピレーションを受ける方法は沢山あると思いますが、僕の場合は明け方ふと誰かと中身の濃い対話している途中のような感覚で目が覚めます。
見ていた夢は何となく覚えているのですが、まったくその夢とは関係ない小難しい話を同時に取り交わしていたりしています。
今朝は、
「目の前の全てが自分の罪悪感の投影であるという見方をもって、他者を見る」
「投影する何かがなければ、決して人は自分の罪悪感などに触れる事はできないのだから」
「そして心が外に投影するものが何もなくなった時、あなたはそこにいない」
という事でした。
奇跡講座の中では当たり前のように繰り返される基本的な考え方でしたが、僕自身の中で誰か他の人の問題はその人の問題、その人の心の投影と自分の中で無意識に区別していた事を知らされた気がします。
でも、本当はそれも僕自身の罪悪感を見せてくれていて、僕自身の赦されていない何かを鏡写ししてくれている。
こうやって文章に書いていても、当たり前の事を当たり前に書いているだけだなぁと本当に思うのですが、自我の罠というか、理解していても実践の伴わない理解で満足していた自分がいたのを気づかされます。
ニュースで出てくる様々な問題、そして自分の周辺の人が抱える問題。
それらは、本当は決して問題ですらもなく、ポジティブもネガティブもなく、全てこの夢の中にあるものはニュートラルで非現実なのですが、それらを誰かの「問題」、そして「●●さんの問題」と分離のまま意義付けていた自分がいました。
その点を意識的に物事を見つめ直す事によって、本当に自分の目に映るものがあますところなく全一であるという真理の視点を忘れないようにしたいと思いました。
今まで僕の肉体の目で問題を抱えているように見えていた人が、心の目で見た時に問題など無い人、神の子、完全なる精霊だと見えるようにいつかなるのかなと。
そして、僕らは完全なる精霊達を前にして、ただただ愛でいられるような、、、
そんな穏やかなる日々の中で、この果てしなく長かった一瞬の夢を終えたいと願っています。