肯定的なストロークの対極にあるのが、
ディスカウント(値引き)です。
ぶっちゃけ、
ディスカウントと否定的なストロークの区別が私にはつかないのだけど、
相手の価値や、行動の価値を値引きするのがディスカウントです。
無視する
話を聞かない
嘲笑する
馬鹿にする
排除する
軽視する
など。

わたしはいつかこのblogに
「人々は私と関わらない限り、
それぞれが違った背景と、
思想を持ち、
日々の生活をコツコツと積み重ねて生きていく
それぞれが輝く星なのに、
私と関わったが最後、
安っぽいホラー映画のように
みんな同じになってしまう。
それは嫌悪と軽蔑だ。
と書きました。
被害妄想などではなく、
実際みんな同じになってしまうんです。
もちろん、
私に親切にしてくださる方も大勢いらっしゃいますが、
それは私のことをよく知らないから。
(できればよく知らないままでいて欲しい…
私はあなたの美しさや優しさを損ないたくない)

嫌悪と軽蔑、まさにディスカウントです。
私が私に自信があることといえばただひとつ。
ズバリ美的センスなのですが、
あ。もうひとつあります。
人を見る目!
夫ときたら、
「それ、君が一番自信持っちゃいけないところだから」
なんて言うのです。
今はもうおばさんだし慣れっこだからなんとも思いませんが、
若い頃ならワンワン泣いてたな…。
彼は私が最も大切にしていることを踏みにじって嘲笑するのが大好きなのです。

私が、
「愛の大前提は尊敬だと思う」
と言えば
「お前みたいな奴が一番人を馬鹿にしている」
と言い、
「夫婦愛は対等な人間関係の上に成り立つ」
と言えば
「(家事までお前に不備があって俺はこんなによくやってるのに)何が対等なんだよ」
資生堂が過去にやった『黒髪は陰鬱』というキャンペーンを遺憾に思う話をしたら、
「そんなのに踊らされてるのはお前が底辺職場だからだろ
俺の知り合いの一流企業OLは茶髪全盛期でも黒髪だったぞ。」
『ぐるんぱのようちえん』という絵本を気に入って娘に与えたら、
「こういうくだらない僥倖を待つ系の絵本は教育に悪い」
(ぐるんぱのようちえんは素晴らしい絵本です
努力というのは
他人のサイズに合わせて自分を縮めることだけではない
という素晴らしい教えが含まれています)

なんでも否定して馬鹿にしないと気が済まないのです。
ザ・ディスカウンター
しかしながら、これは夫氏への愚痴でも悪口でもありません。
なぜならば、私と関わった人間は
全員ディスカウンターになるからです。

そんなことちっともないのに
「親を恨んでいる」と決め付け、諸悪の根源と言った母
(むしろ私は自分の進路を棒に振ってまで彼女を喜ばせたかったくらい
彼女を愛していたのですがその一番大事なところを踏みにじられ
その気持ちは届くことはありませんでした)

「俺もこんな身体だからこそ、
モデル体型の女の子を連れて街を歩きたかった。
お前みたいな女が最大の差別者だ
と言い放った身体障害者の元カレ。

私にはもう、
どなたがどなたか区別がつかないくらい
みんな同じなのです。
いつだって芽生えた暖かい気持ちや優しい気持ちは
即座に踏みつけられ、馬鹿にされてごみ箱に捨てられてきた。

さて、何故人々は私に関わったが最後、
同一人物になってしまうのでしょうか?
これがうんと頭の悪い人なら、
世間が悪い
とか
人間どもが憎い
となるかと思いますが、
私はこの通り頭弱いけど、
そこまで馬鹿じゃありません。
理由はわからないが何かわたしに問題があることは明らかです。
しかし私はうんとじゃなく頭の悪い人なので、
わたしに問題がある
=私が悪い
=みんなの言うことが正しい
と思い込んでしまったのです。
みんなが口を揃えて私に言うこと。
デブでブスで、
頭悪いのに勉強だけできる嫌な女。
つまらない退屈な女。
愛や感謝など知らず、薄汚い性欲だけの女。
(よく誤解されますが、
わたしは特に男性にそのような気持ちはありませんのでご安心ください)
性格が悪く、人を妬んでいる。
(特に美女を妬んでいる設定を押し付けられますが、事実は逆で美女、美少女マニアです
他のママさんとかも
美人ママさんとか密かにファンでチェックしてるくらい)
差別主義者。
人間性が薄っぺらい。
自分が可愛いと勘違いしてる勘違いブス。
…まだありますが、
わたしは皆さんのこういう言葉を
ひとつひとつ信じ込んで、
そのたびに矯正を試みていました。
自分の気持ちというのもよくわからないので、
的外れで意地の悪い精神分析も信じ込んで、
自分の精神を直すことを心がけていました。
(実際にはアスペルガーには深層心理などあまりない(笑
言ったまんまなんですけどね
みんな深読み、それも悪く悪く深読みして被害妄想こじらせるんだよね)
そして私の心は一つ一つ死んでいきました。

問題の答えですが、
この世のいさかいのほとんどは
善人と善人の間に起こるものです。
正解は、
私が皆さんの仰るようなこの世に生まれてくるべきではなかった醜い化け物でもなければ、
もちろん!皆さまにも何の非もなく
たんに私の脳の発達に障害があっただけ。
だったのです。

私の認知能力にも記憶能力にも著しい偏りが有るので。
でもたかがそんな、つまらない理由だったのですよ。

それでもディスカウントというのは良いことではありません。
何故人々は、
私のその時一番痛いところを踏みにじっては喜ぶのでしょうか?
他人の一番苦しむ顔を見るのってそんなに楽しいか?
まあ、ある種の人々には楽しいらしいけど。 
交流分析(心理学)によると、
それは私がディスカウントを許しているから
もっと言うと私が私をディスカウントしているかららしいです。
ディスカウントって言うか、
客観的且つ冷静なだけなつもりなのだけど。
なるべく公平でいたいしね。
このblogでも、
発達障害当事者だけに都合よくて、
真面目に苦労して社会を回している定型発達者の皆様を
「そこのけそこのけ」
するようなことだけはしたくないと心がけているつもりです。
でも、そういう性格の発達障害当事者って
実は少数だと思います。
定型さんの被害感は凄まじいのですが…。
(この件に限らず、マジョリティの被害感って凄いよね…
同性婚とか、
障害児の普通科進学問題とか、
外国人問題とか見てると頭痛くなってくる…。)

よくわからないけど(笑)
自分をディスカウントするのはやめよう!
「ハァ?何このブス!勘違いすんなよ!」とか
「アツコって性格最悪だよね」
「薄っぺらい女!」
「偽善者!お前みたいな女が最大の差別主義者なんだよ!」
という反論も聞こえてきますが(笑)
少なくともわたし、
(上手く表現はできず
伝えられないのが残念だが)
美的センスいいんで!!

少なくとも、
私が全くそう思っていないのに
ありもしない深層心理を
勝手な被害妄想して
ディスカウントしてくるのは完全無視しようと思います!