今回のNHK『100分で名著』は、

 『ファーブル昆虫記』

でした。

『ファーブル昆虫記』は、小学校のときに、
サソリとセミの話を、読んだことがあります。

夏休みの宿題で、学校の図書室で借りたものです。


夏休み前になると、クラスのみんなで図書室に借りに行くのですが、
筆者はこういうとき非常に難儀しました。

興味のある本が図書室に、なかなか無いというのもあるし、
たとえあっても、

「こんな本を借りたら他の人からこう思われるんじゃないか」

とか考えて、友だちと同じ本にしようとして、
同じのがなかったり、同じ本には興味がなかったりして大変でした。

他人の目を気にするのに、変なこだわりがあったわけです。
小学校では、そうしたことですいぶん苦労しました。

結局いろいろ悩んだ末、『ファーブル』にしたわけですが、
選んだ理由は、

1.サソリについての本であること

 カナブンとかチョウに興味はないですが、サソリならO.K.

2.『ファーブル昆虫記』であること

 名前くらいは聞いたことあるし、みんなから非難されるような本ではない。
 聞いたことある本だから、一度読んでみたい。
 「いい子ぶりやがって」と思われても「サソリの本だから」と言えば済む。
 有名で、しかもちょっと分厚い本だから、なんとなく誇らしい。

3.図鑑ではなく、文章の本だったこと

 図鑑は借りたらダメだったので、物語などを借りないといけない。
 物語に興味はない。
 『ファーブル』はうまい逃げ道だった。

といった感じで、それを借りて夏休みに読みました。


とりあえず、サソリのところを読み、
続きにセミの話も入っていたので、それも読みました。

サソリ目当てだったわけですが、
実際に感心したのはセミでした。

セミは身体が空洞で、そこを共鳴させて鳴くそうです。
身体が楽器になっている生き物なんですね。
気持ち悪いような、すごいような、印象に残る話でした。
サソリの方は今となっては何も覚えていません。



ところで、今週の『100分で名著』ですが、

ゲストの仏文学者が『ファーブル昆虫記』の原題は『昆虫学的回想録』だと、
言っていました。(昆虫記はフランス文学!)

たしかに、そう言われてみると、単なる観察記録の羅列ではなく、
「どこどこ地方の家にいてなんとかんとか・・・」みたいなことも
書かれていたような気がします。
少なくとも、『昆虫記』は文章(物語)でした。

筆者は昔も今も、別に昆虫にものすごく興味があるわけではないので、
『ファーブル昆虫記』を読むことはもうないだろうと思っていましたが、
『回想録』ということなら、また読んでみてもいいですね。
サソリのことをすっかり忘れてしまったことだし、いい機会です。

番組では、スタジオのテーブルに『昆虫記』が並べてあり、
小学生のときに読んだものがないか、目を凝らしたのですが、
残念ながら見つけられませんでした。
真ん中にサソリの水彩画がある藤色の表紙だったと
記憶しているのですが。。

その辺の図書館にも『ファーブル』は絶対置いてますが、
せっかくだったら、昔読んだのと同じ本で読みたいです。
(こういた思いが古書の需要を生むのか!)


で、
番組を見ていると、ファーブルの写真がいくつか出てくるのですが、
いまのところすべておじいさんになってからのものです。

ファーブルは、カリバチ(狩蜂)の論文を書いて、昆虫学者として
認められるのですが、その場面で画面に出ていた写真も
おじいさんでした。
ファーブルは優秀で、若くして学校の先生になったのに、学者として認められたのは
すいぶん後ということでしょうか。

番組だけからでは、よくわかりません。
(今番組HPを見たら、他の生物学者のカリバチの論文を読んで人生の転機になった
のが31歳と書いてありました。それを機に研究を始めたのに、
自分のカリバリ研究の結果を論文にしたときには、もうおじいさん?
そんなゆっくりな研究で昆虫記何巻も書けるんか?次週で詳しくやるのかな。)



まあ、それはいいとして、
面白いことに、ファーブルは、理系全般(HPでは数学・物理)に
あこがれがあったようで、ずっと数学も勉強していたそうです。
しかし、師事していた生物学者から
「そんな数式よりも、生物学なら熱意があれば結果を残せる」と言われ、
生物学に集中することになったそうです。

正確な表現は忘れましたが、「数式には意味がないけど、生物学なら感動を
みんなに伝えることが出来る」みたいな言葉だったと思います。

どんな台詞かは記憶があいまいですが、確かなことは、
番組でファーブルがそう言われる場面を見て、筆者が、

「数学のよさ(美しさ?)は一般の人に伝えるは無理」

と言われているように感じたことです。派生して、

「数学を見てすごいとかいっているのは、結局よくわからないものを
無理していいものと思い直しているのではないか。」

「数学のよさは人間の自然な感動ではないのではないか」

という考えが浮かんだことです。
(番組が数学をけなしているとは思いません。筆者がそう思い至っただけです。)


しかし、
番組中でMCが、ナントカコガネを見ながら言っていましたが、
ファーブルが扱った昆虫でさえ、
「普通の人からしたら、触角が大きいくらいでは、なんの感動もない」のです。

だったら、昆虫も数学も似たようなもんです。

いかに伝えるかの問題です。


今読んでる『砂』(マイケル・ウェランド)で、
ウェランドは、砂のことを伝えるのに、人類学の手法を使ったら
うまくいったと書いています。

『昆虫記』の手法を使えば、数学のことをうまく伝えられるかもしれません。
解析教程
E.ハイラー G.ワナー
丸善


を読んでみたい。

図書館でちょっと見てみたら、

面白そうだった。

歴史的。



その前に読まないといけないものがたくさんあるので、

たぶん、当分読むことはないでしょう。



がんばって勉強しよう!
Leave Numbers out of the Matrix Space!


という映画があったら、誰か見に行くかなあ。

でも、そもそも語呂がよくない。







行列の世界から、数を締め出そう!




スカラーというのは、

単位行列と一対一に対応しているわけだから、

すべて単位行列に置き換えてしまおう。


スカラー倍の公式は、



と書ける。






えっ、

成分も行列にしないのかって?



それも、いいでしょう。


でも、やってみたらわかるけど、



成分の行列の成分も行列で、その成分もまた行列で・・・

と無限に繰り返されるぞ。



フラクタルの化け物になってしまって、

これはこれで美しいかもしれないけど、

あんまりだ。






もっと、簡単な方法がある。


 「成分は、1×1行列ですよ」

と思うことである。





もちろん、こうしたって、

スカラー倍を3×3行列にした意味は失われない。

1×1行列に3×3行列を掛けることはできないからだ。