こんにちは

 

心屋認定講師
紀凛教室認定講師
熱血ご自愛カウンセラー
田中佐緒利です

 

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改めて、私の自己紹介をさせていただきます。

少し長いですが、お読みいただけると嬉しいです。

 

 

【誕生〜幼少期】

 

1971年9月23日 16:20 大阪府和泉市に生まれました。

両親は結婚してなかなか子宝に恵まれず、不妊治療なんかもして、

やっと授かった長女でした。

今でこそ、大きくふくよかな体型の私ですが

2500gに満たない赤ちゃんで、保育器の中でしばらく育ったようです。

 

母曰く、宝物のように育てた娘だそうです。

 

病弱で、怖がりで、泣き虫で、臆病で、人見知りで、

恥ずかしがり屋で、天真爛漫な女の子でした。

幼稚園に行くのが嫌で、毎日大号泣して、駄々をこねて

母が坂道を引きずる勢いで引っ張って行ってたって記憶があります。

 

家族は、父・母・私・妹(2歳下)

生まれた時は、祖母と叔父ひとりも一緒に住んでいて

ものすごーーーくかわいがってもらったそうです。

叔父は私が2歳くらいに結婚して独立しました。

今も変わらず大好きな大好きな叔父さんです。

祖母は私が幼稚園の頃に他界しました。

大好きなおばあちゃんでした。

怖いけどやさしくて甘えさせてくれるおばあちゃんでした。

 

 

【小学校時代】

 

劣等感と「なんか恥ずかしい」を感じやすい子でした。

そうは言っても、基本的には毎日天真爛漫に生きていました。

 

テレビが大好きで、アイドルが大好きで、本や雑誌が大好きで、着せ替え人形が大好きな女の子でした。

子供会が大嫌いで、体育の授業・運動会が大嫌いで、虫(特に蛾)が大嫌いで、算数が大嫌いな女の子でした。

基本的に家の中で過ごして遊ぶのが好きでした。

ひとりで、アイドルごっこをしたり、クッキーを作ったり、本の世界にどっぷり浸かって妄想をくりひろげたりもしていました。

 

学級委員になったりしていました。

私の中では、学級委員はイヤな仕事を押しつけられる嫌われ者がなるんだと思いこんでいたので、選ばれるたびに「私は嫌われ者なんだなぁ・・・」と落ち込んだりしたものです。

でも、お友達がたくさんいたので、すぐに忘れていました。

学級委員=人気者という方程式は、40代になるまで私の中にありませんでした。

 

小学校4年生くらいから、ぽっちゃりし始めました。

お父さん大嫌いが始まりました。

 

 

【中学校時代】

 

「1番になりたい!」という思いと「1番になれない!」という現実とのギャップに苦しんでいました。

「どうして私の素晴らしさがわからないのー?」という思いと

「どうせ私は何やってもダメなんだー」という思いの葛藤に苦しんでいました。

 

さらに劣等感を募らせていくのですが、

そんな劣等感いっぱいだということを周りに知られたくなくて

「私は楽しい!私は元気!私は大丈夫!」と強がり人生が始まりました。

 

いろんなことに興味津々で好奇心旺盛でした。

だけど、長続きせず、熱しやすく冷めやすいので

そういう自分はダメなんだと思っていました。

 

初めてラブレターをもらったあの日のことは今でも胸がドキドキする思い出です。

 

中学校から高校時代、毎年学級委員になっていました。

 

 

【高校時代】

 

和泉市で生まれ育ち、堺市の高校に通い始めたので

都会のおしゃれな同級生・化粧している同級生を見て

田舎者の自分はなんて恥ずかしいんだ・・・

私はものすごい出遅れている・・・という思いが生まれ

劣等感がさらにパワーアップ。

 

どんどん太っていきました。

クラブ活動もせず、恋愛もせず

テレビと仲の良い友達とグダグダ喋っているのが一番大好きでした。

 

基本的には、毎日楽しく生きていました。

 

 

【短大時代】

 

初めてアルバイトをします。

18歳から車を運転し、それから10年くらい車でどこにでも行く人になります。

もちろん、親に買ってもらいました。

買ってくれるまでおねだりし続けました。

その時に「金食い虫」と言われました。

就職活動大失敗を経験します。

仲間内で、誰よりも真面目に誰よりも早く誰よりもがんばって就職活動をしていたのに

卒業式まで就職が決まらず、人生初の大きな挫折を味わいます。

「誰にも選ばれない自分」という思いを強化させます。

そして、今まで能天気に楽観的に天真爛漫に生きてきた自分が間違えていたんだと思い込みます。

なんとか決まった銀行に就職します。

 

短大で何を勉強したのか、全くもって記憶にありません。

洋楽や映画に夢中になりだしたのは、この頃です。

 

 

【がんばり教の20代〜激動の30代】

 

今まで能天気に楽観的に天真爛漫に生きてきた自分が間違えていたんだと思い込んだので、ものすごいがんばり教人生が始まります。

そして、会社勤めは転職の繰り返しでした。

銀行員→コンビニ→製紙会社の事務→書店の総務→書店の販売員→蜂蜜屋の店長→銀行員を経験します。

間で、無職期間があったときもあれば、休みなしで転職したときもあります。

 

20代の後半から、実家を離れ、堺市内でひとり暮らしを始めます。

仕事の関係で、京都で7ヶ月ほど住んだこともあります。

 

インド舞踊を習ったり、陶芸を習ったり、ビーズアクセサリー作りにハマったりしました。

MTVが大好きで、海外ドラマが大好きで、洋楽が大好きで、ラーメンズが大好きでした。

海外旅行にたくさん行ってました。

ハワイ3回、バリ島1回、インド1回、韓国1回

初めて沖縄に行って、沖縄に惚れたのもこの頃でした。

 

こうやって、趣味を楽しんだり、友達との日々を楽しんでる私の裏側に

「こんなに我慢してがんばってるのに、どうして人生うまくいかないんだ!」という思いを常に抱いている私もいました。

 

なんかイライラする、何やっても満たされない欠乏感と

正しいことをやってるのに認められないという怒りでいっぱいでした。

 

ダイエットがんばってエステに何百万とつぎ込んで見事に標準体重まで痩せたけど

「あーーー痩せたーーーほんとよくがんばったーーー」って思った途端にやる気スイッチが切れて、リバウンド。

その頃から、痩せては太り痩せては太りを繰り返し、どんどんふくよかになっていきます。

 

友達はたくさんいるけれど、ずっと一緒にいたいと思う恋人がいないことで、自分は欠陥品だという思いを強化します。

 

私には「愛情」という感情がないんだ・・・と思い込みます。

毎日イライラしてばかりで、いつか人を殺すんじゃないか?という恐怖でいっぱいになります。

人に優しくできない、人を愛せない、人を大切にできない、ずっと一緒にいたいって思えない自分は冷酷で愛情がない人間で女性失格だという思いを強化していきます。

 

その頃から、家族にも「私という家族がいて恥ずかしい。情けない。恥さらしだと思われているにちがいない」という思いを強化していきます。

 

家族にも、会社でも、友達にも、「お前なんて早くいなくなれ!」そう思われているんじゃないか?という恐怖でいっぱいになります。

 

プライベートでは、

恋人とは呼べない友達でもない体だけの関係のお付き合いばかりが続き

「風俗がわりなんだろうなー」というふうに思い

「自分なんてお金をかける価値がないって思われてるんだー」という思いも抱きます。

それでも、「負けたくない!」という思いが強く

そんな関係でも傷ついてないし、私も楽しんでるってフリをしていました。

 

 

30代、父が自死します。

小学校の頃から、「お父さん大嫌い」をやってきたので、

「父に優しくしなかった親孝行しなかったひどい娘」とどんどん自分を責めていきます。

父が亡くなったのは、私のせいだという思いも抱きます。

 

 

その後、会社(銀行)でも、他部署の上司に「お前なんか給料泥棒だ!」と言われたりして

「こんなにがんばっているのに誰にも認めてもらえない。

私なんてやっぱり誰にも必要とされていないんだ。

私がいるだけで、みんなイヤな気分になるんだ。」という思いを強化させていきます。

 

それでも、40歳前でそう簡単に転職もできない、

ここを辞めたら、結婚もしていないひとり暮らしの私の将来はない・・・と思いこんで、死に物狂いで働き続けます。

めちゃくちゃがんばります。その頃の睡眠時間は3〜4時間でした。

そして、会社で倒れることが増えていきます。

 

病院で「適応障害」と診断され、会社を辞めるか休むかしなさいとドクターストップ。

それから、うつ病になり、3年間の休職をします。

 

うつ病の間に、40kgも太ります。

 

家族の顔を見るのがつらいので、うつ病闘病中も

実家に長居できず、ひとり暮らしを続けます。

 

親戚のおばさんやいとこが心配して、よく会いに来てくれました。

10代の頃からの友達も、毎週のように会いに来てくれていました。

ほんと、私を支え続けてくれていました。

 

 

 

【2013年、心屋仁之助さんを知る 40歳】

 

神経内科、心療内科、精神科と病院を転々としながら

鬱病生活が続いていたある日

大量に処方された薬を見て絶望します。

「私は、こんなに大量の薬を飲まないと、一人前の大人として生きていけないのか?

こんなに大量の薬を飲んで、やっと普通の人と同じように生きられるのか?

いや、こんなに大量の薬を飲んでも、普通の人の足元にも及ばない」と絶望します。

 

その時に「もうイヤや!こんな生き方もうイヤや!こんな人生もうイヤや!」と本気で思いました。

 

その絶望が神様に届いたのか、

テレビを見ると世間に「鬱はわがままなだけだ!働かないなら死んでしまえ!」

責められてるような気がするので

なるべく見ないようにしていたのですが

たまたまTV番組に出ている心屋仁之助さんを見つけました。

 

性格リフォームカウンセラーという肩書きで

「一生性格って治らないと思ってたのにリフォームできるの?」と思いました。

 

ゲストが森口博子さんの回で「お母さんを捨ててもいい」という魔法の言葉を聞いて

よくわからずも大声でわんわん泣いていました。

同時期に、ぢんさんのブログも見つけ、読み始めます。

TVは、その時だけだったように記憶しています。

 

ちょうどその頃、精神科のリワークプログラムという、

休職している会社に復職するためのデイケアに毎日通所していました。

 

そのプログラム内で、「認知行動療法」や「サイコドラマ」という過去のつらかった出来事を再現して客観的に見る・別角度から見る方法を学びます。

患者同士のミーティングがあって、最初は苦痛で仕方なかったのですが

「私はこのミーティングの時間が一番嫌いです!」とみんなの前で宣言してから楽しめるようになりました。

 

このデイケアの中で、

「みんな、私と考え方が違うんだ!私がイヤだと思っているものをイヤだと思わない人もいるんだ」と気づきます。

さらに「私がこんなにしんどいのは、私がそう考えてしまう思考回路だからなんだ!」と気づきます。

 

そうは気づいても、すぐさまに考え方が変わるわけでもなく、

感じ方が変わるわけでもなく、やっぱりしんどい考え方でいっぱいなのですが、

「人の心理と考え方」にものすごく興味を抱き始めます。

デイケアの「心理療法」系のワーク時間が毎回ものすごく楽しみになります。

 

そして、心理について知りたい!という欲求が生まれます。

渇望するかのごとく、ものすごい大きな欲求が生まれます。

 

この劣等感はどうして生まれたのか?

どうして同じ環境でいるのに幸せな人と不幸な人がいるのか?

どうして私は不平不満でいっぱいで満足しないのか?

どうしてこんなに自信がないのか?

どうしてみんなに責められているように感じるのか?

どうしてこんなにも恵まれた環境で育っているのに幸せだと感じられないのか?

自分に対して、ものすごいたくさんの疑問が湧き出してきます。

 

2013年12月で、リワークプログラムを卒業し、会社のリハビリ出勤が始まります。

心理療法を受けられなくなることがとても残念で

心理学を学びたい!勉強したい!と毎日考えるようになります。

世の中に「メンタルスクールはたくさんある」と友達が教えてくれて

心屋仁之助さんが「心屋塾」を開催していることに気づきます。

 

すぐにBeトレDVD会員になり、届いたDVD「罪悪感」を毎日毎日見続けます。

このDVD内でオープニングアクトを務めてたのが、

減薬師(当時は減薬カウンセラーと名乗ってらっしゃいました)の紀凛でした。

 

この頃から、40kg増えた体重が少しずつ落ちていきます。

 

 

【2014年 心屋塾マスターコースを受講する】

 

前年末から始まっていたリハビリ出勤中は

朝から晩まで

「どうせ私は素晴らしいもん。どうせ私は愛されてるもん」をぶつぶつ呟いていました。

声に出せない時も、心の中でずっとずっとぶつぶつ呟いていました。

会社から帰ると、ぢんさんのブログを読み、BeトレのDVDを見て、ぢんさんの本を読んでいました。

 

どのセミナーに行ったら、一番勉強できるのか?

何から参加したらいいのか?毎日朝から晩まで、そればっかり考えるようになります。

 

リハビリ出勤は、最初はなんとか順調だったのですが

週末になると謎の高熱に襲われるようになり

月曜日に出勤できなくなることが続きました。

 

2月、初めて心屋塾初級セミナーを受講します。

講師は、DVDで見ていた紀凛です。

セミナー内のワークで自分のことなのに何もわからなくて

わんわん泣き続けます。

自分のことが何もわからない・・・何も思い出せない・・・

何も浮かばない・・・とショックを受けます。

(書いている項目もあるのに、何もできていないと思い込みます)

 

ショックを受けて「自分をなんとかしなきゃ!」と思い、

ますます学びたいという思いが強くなります。

 

ぢんさんがマスターコースを再開するまで待とうと思っていたのですが

マスターコース17期の受講生募集メールを見て

「これだ!」と直感で申込みます。

講師の志緒村 亜希子さんのことはほとんど知らなかったのですが

「これだ!」という直感に従って申込みます。

 

リハビリ出勤中の会社は退職すると決めます。(3月末日で退職)

 

選考に選ばれ、4月から11月まで東京・五反田で開催されていた

マスターコース17期を受講します。

 

同時期に、紀凛が主催の紀凛教室や

神田栄心さんが開催されていたレイキセミナーや心理療法講座など

たくさんの心理系スピリチュアル系セミナーを受講します。

徹底的に自分を知るために、カウンセリングも何度も受けます。

 

マスターコース受講2日目に

「あ!私、カウンセラーになるわ!」という声が聞こえ

カウンセラーになるんだなぁーとぼんやりと思い始めます。

 

 

【2014年11月 カウンセラーになる】

 

心屋塾マスターコースを卒業して、カウンセラーデビューします。

卒業して、10日後くらいに、同期の優ちゃんとコラボセミナーを開催します。

大成幸!「泣いても笑ってもごきげんさん!1DAYセミナー」

 

 

【2015年3月 開業届を出す】

 

未来の私に会いに行ったから、今の私がある。

 

 

【2015年4月 心屋塾オープンカウンセリング初登板】

 

その場にいた人みんなが幸せになるオープンカウンセリング

 

 

【2015年6月 単独で初セミナーを開催】

 

「さをりん流ぶきっちょな私のままでラクに生きる心の在り方セミナー」を初開催します。

たとえお申し込みが無くてもひとりでセミナーやるって決めてました。

 

 

【2015年7月 ブログ内で「お金ちょうだい!」と叫ぶ】

 

セッションルームを持ちたくて、ブログ内で「お金ちょうだい!」と訴えます。

セッションルームがないことでカウンセラー活動を諦めたくないから

おかげさまでたくさんの方に応援していただき、

あっという間に目標額をいただきました。

 

 

【2015年8月 初の連続講座を開催】

 

さをりん流「本当の自分に気づいてラクに生きる」体感講座~水曜クラス伝説の0期~を開講。

自分の課題の人がやってくる体感セミナーかもしれない!

9月には、同講座の日曜クラスを開講。

 

 

【2015年12月 セッションルーム付きの新居に引越し】

 

たくさんの人に応援していただいて、念願のセッションルーム付きの家に引っ越すことができました。

 

 

【2016年1月 紀凛教室開講】

 

2014年に自身も受講した紀凛教室の認定講師第1号に認定いただき、

紀凛教室を開講。

紀凛教室〜安心クラス(基礎)〜大阪基礎S1601クラス始まりました。

2017年3月現在、安心クラスは4クラス目、自信クラスは2クラス目を開講中。


 

【2016年3月 カルチャーセンターにて講師を務める】

 

2016年3月〜8月、セブンカルチャー八尾店にて

「なんか知らんけど心がラクになる講座」を開催。

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【2016年10月 心屋塾初級セミナー認定講師になる】

 

大好きな大好きな初級セミナー!

念願の心屋初級セミナー認定講師になります。

(選考応募は、2度目の挑戦でした)

”★新しい認定講師が生まれました” 心屋初級セミナー認定講師の田中佐緒利です。

 

 

【2016年11月 心屋塾初級セミナー初開催】

 

初開催初級セミナーご参加いただきありがとうございました!

初開催より、毎月開催しています。

おかげさまでたくさんの人にご参加いただいております。

ありがとうございます。

初級セミナー参加者さまのご感想一覧

 

 

【2017年4月〜 さをりん流ご自愛レッスン開講】

 

さをりん流オリジナルセミナーの最大のテーマは「ご自愛=自己受容」

お伝えしています。

自分責め・自己否定を終わらせて、ありのままの自分を愛していくレッスンです。
 

 

 

【2017年11月〜 さをりん流起業支援コンサル開講】

 

好きなことを仕事にして楽しく息長く活躍し続けていく秘訣をお伝えしています。

 

 

 

 

 

 

そして、現在・・・

ちなみに、独身・結婚歴も出産歴もありません。

40kg増えた体重は、20kgぐらい落ちました。

 

 

 

2014年のカウンセラーデビュー後

カウンセリング人数は、述べ400人以上

セミナー受講生は、述べ250人以上

たくさんの方とご縁をいただいております。

ありがとうございます。

 

 

 

私は、自分が大嫌いでした。

別の誰かになりたいといつも思っていました。

生まれるところからやり直したいといつも思っていました。

 

 

私の人生のターニングポイントは

自分に絶望したことからです。

うつ病の大量の薬を見て絶望し、

「もうイヤや!こんな生き方もうイヤや!こんな人生もうイヤや!」と本気で思い、

自分の人生を生きる覚悟をしました。

(当時はそんな覚悟をしたとは気づいていません)

 

そしたら、たくさんの運命的な出会いが次々と起こりました。

神様は、絶望した私に、素晴らしいご縁を次々プレゼントしてくれました。
私が、自分自身を取り戻すのに必要な出会いをたくさんプレゼントしてくれました。

 

 

「自分を愛すること」の大切さを知りました。

自分自身が、自分に愛されたがっていたことに気づきました。

自分が自分の人生の主役として生きることの大切さを知りました。

 

幸せはなるものではなく、感じるものだと気づきました。

そして、自分はすでに幸せだったんだと気づきました。

 

 

今の私は、私で生まれてきてよかったと思っています。

いろんなつらい体験をしてきましたが、

いろんな喜びの体験もたくさんありました。

 

ずっとずっと私以外の人になりたかったけれど

今は、私以外の誰にもなりたいとは思いません。

 

私を生きることが楽しくってしょうがない。

 

もちろん、カウンセラーになった今でも

自分を愛せるようになった今でも

嬉しいことも悲しいことも淋しいことも腹が立つことも

たくさんあります。

 

そんな毎日を楽しんでいます。

 

能天気に楽観的に天真爛漫に生きています。

時に、考えすぎたり

何も考えずに飛び込んだりしています。

 

壁にぶつかることも

海で溺れることもありますが

それでも、

道はひらけていくし

助け舟に出会って

なんとかなって

幸せな毎日を過ごしています。

 

 

 

私は、熱血ご自愛カウンセラーです。

 

自分自身を取りもどすあなたを

熱血サポートします。

 

熱いわよーーーー!!!!!