雨の中の「睡蓮」。 | つれづれパリ日記

つれづれパリ日記

パリでの日常-マルシェ、お食事、ファッション、バレエ、スポーツ、読書など、日々のささやかな幸せを丁寧に綴っていきたいです。

イギリスの
エリザベス女王とウィリアム皇太子夫妻が大好きで
ザ・ミーハーな私は
ウィリアム皇太子、キャサリン妃夫妻に元気な女の子が生まれて
可愛い映像に癒されています~
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(写真はお借りしました)
きゃわゆい~
Princess Charlotte Elizabeth Dianaと命名されたとのことで
夫妻の深い愛情に包まれて
George王子とともに
元気に成長してもらいたいです。

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George王子が生まれた時に買った
マグカップのお揃い
Charlotte王女バージョンを
ロンドンへ買いにいかなくては~、うふふ


さて
朝からかなり降っていた
雨模様のお天気にもかかわらず
5月の第一日曜日の5月3日に
美術館巡りをしました


毎月第一日曜日は
パリの国立美術館の入館料が無料になる日なので
この第一日曜日に
時々美術館巡りをしています

→過去の美術館のことはコチラなどをどうぞ

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雨模様にもかかわらず
日曜日午前10時半のオランジュリー美術館は
すでに大行列


多分並ぶだろうと予想して
長靴姿で完全防備
30分くらい並び
やっと中へ入ることが出来ました

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印象派を代表するフランス画家の一人
Claude MONETを極める日と決めて
地上階にある
モネの絵画だけを観に行きました


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モネはこの一連の「睡蓮」を描いた時には
白内障を患い
ほとんど目が見えなかったそうです。




前回こちらに来た時は
地上階のモネの絵画は撮影禁止でしたが
フラッシュをたかなければ
写真撮影は可能になっていました。

モネの作品「睡蓮」は
描いたというよりも
ジベルニーの庭園を絵で再現したような
静かで心穏やかな空間となっていて
この空間にしばらく腰をおろして
ゆっくりと平和で穏やかな空気感を
味わいました。

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ランチブレイクの後
16区の高級住宅街にある美術館
Musee Marmottan Monet=マルモッタン美術館へ


この美術館は
マルモッタン公爵の邸宅であった建物に
多くの人達から絵画の寄付を受け
現在の美術館となっていて
モネのコレクションで有名な美術館です。

国立美術館ではないため
入館料は大人一人11ユーロでした。

地上階、二階には
宗教画のほかに
ルノワール、ゴーギャン、マネ、ドガなどの
印象派画家の作品も多数展示されていて
シャガールの絵もありました。

他には
19世紀の女性画家Berthe MORISOTのコレクションが充実していて
見応えがありました。

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(画像はお借りしました)
「Berthe MORISOT au bouquet de violettes」

=「すみれの花をつけたベルト・モリゾ」
Edouard MANET作
オルセー美術館蔵

ベルト・モリゾは
マネ=Edouard MANETの絵画のモデルとしても知られ
マネに絵画を学んでいて
お互いに影響しあい、恋仲も噂されたそうですが
Edouard MANETの弟のEugerne MANETと結婚したそうです。

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(画像はお借りしました)
「At the Ball」
=「扇を持つ女性」
Berthe MORISOT作
マルモッタン美術館蔵

地上階の一角には
「Toilette」というタイトルで特別展があり
トワレット、つまり
洗面室にて着替えたり
お化粧をしたり
髪の毛を整えたりするような女性達の絵画が集められていて
パステル、デッサンなども多くて
マネ、ドガ、ピカソなどの絵画もあり
楽しく鑑賞した後
その特別展からつながっている
地下のモネコレクションへ


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(画像はお借りしました)
「Impression, soleil levant」
=「印象、日の出」

印象派という言葉の由来ともなっているという絵画をはじめとして
初期のモネの作品、パステル、デッサンから油絵まで
たくさんの作品をゆっくり観てまわりました。

印象派という言葉の由来は
19世紀後半にフランスで始まった芸術運動に由来するということです。
それまでの絵画美術様式は
描く対象に対して忠実に輪郭や固有の色を再現し
アトリエ内で
静止画、肖像画、風景画でさえ描く絵画様式が一般的でしたが
アトリエではなく戸外で絵画を描き
時間の流れによる光、空間の色の移り変わりを描写し
当時、保守的だった美術界で
批判にさらされながら新しい作風の絵画を展示会で度々発表していて
その中で
モネ、ドガ、ルノワール、セザンヌ、ドガ、ピサロ、シスレーなどが出展した
1874年の展示会で
当時の風刺新聞の批評家が
モネの「印象、日の出」を槍玉に挙げて
印象派と揶揄したのが印象派という言葉の始まりだそうです。

オランジュリー美術館の大作「睡蓮」より小さいサイズの
たくさんのモネの作品を鑑賞しました


モネ後期の作品である
一連の「睡蓮」にも描かれている
ジベルニーにて
そこに咲く花たち

Nympheas=睡蓮
Roses=バラ
Agapanthes=アガパンサス=ムラサキクンシラン
Iris=あやめ
Glycines=藤
などが描かれていて
これらの絵画をゆっくり眺めて
モネを極めたのでした。

小さなコーナーに
モネの肖像画コーナーがあり
何人かの画家がモネを描いている
パステルやデッサン、水彩画、油絵などがありましたが
そこに日本人の名前を発見しました。

「NARUSE SEIICHI」作という
モネと小さい子供の絵画でした。


後日いろいろ調べてみたのですが
「NARUSE SEIICHI」
とは、フランス文学研究者、文学者で小説家でもあり
当時モネを度々訪ねていた
成瀬正一さんということです。
成瀬さんは文学者でしたが絵は描かなかったらしく
正確にはこの絵画を描いたのは
久我田鶴子さんという
モネと手をつないで描かれていた日本人の男の子
久我太郎さんのお母様の作品だということです。
主に1920年代、久我貞三郎、田鶴子、太郎家族のほかにも
たくさんの日本人が
モネのもとを訪れていたそうで
ブリジストン美術館や国立西洋美術館などにあるモネの絵も
この時代に実業家松方幸次郎氏が購入した作品なのだそうです。

フランスで絵画鑑賞していると時々
1900年代初頭にすでに
絵画の巨匠といわれる人達と親交のある日本人の姿を垣間見ることが出来て
嬉しくなります。

マルモッタン美術館では
絵画の写真撮影は禁止でした。

雨のあいにくのお天気にもかかわらず
たくさんの人達が絵画鑑賞していて
マルモッタン美術館もまた
パリを代表する素晴らしい美術館のひとつです