残留戦線 -27ページ目

今、東京Vを応援すると………。

サッカーの奥行きが、感じられます。

人間ドラマが、渦巻いて待ってます。

誰もが、サポーターを名乗れます。

敷居は、J創設10クラブの中で一番低いです。

席取りも楽で、前の座席もすんなり確保出来ます。

若い選手の、サクセスストーリーの冒頭部分から目にする事が出来ます。

たまに、アンパンマンやコナン君。

ダノンヨーグルト、二種類を1つずつ差し入れて貰える事もありました。

ビールの売り娘が、直ぐに呼べば来てくれます。

社長が新人事で20歳位、若返りました。

マスコットの眉毛が、ふっといです。

あなたがスタジアムに訪れる事で、アウェイサポーターよりヴェルディサポーターが多くなります。

デーゲームだと、夕日が綺麗です。

ヴェルディの試合を見に行った事は、必ず話のネタになります。

ヴェルディの到着点

日テレが経営権を手放す事はあっても、10年は経営パートナーと共にクラブを支援するでしょう。

経営パートナーが参入するタイミングは、日テレが安売りをしない事で時間を要する事になります。

今後、契約終了選手は年俸の見直しが行われます。

人件費を、真っ先に削減していくのがヴェルディ。

契約解除に伴う違約金を得るために、有望な選手には複数年契約が提示されるでしょう。

また、ユースから実戦に耐えうる質が………。

保証されつつある。

この事から、契約選手の数自体が減る事が予想されます。

つまりは、複数のポジションをこなせる………。

ユーティリティー性が、求められる事になります。

クラブが今後、財政規模を拡張出来るかは営業努力にかかっています。

営業努力が、昇格レースを走る原動力です。

またサポーター同士の口コミや、個人のブログ等での情報発信も要になるでしょう。

J創設クラブの中で、フリューゲルスの次にサポーターが少ないチームです。

1人でも、感心を持って頂ける方を探す事が急務です。

サポーターとクラブ営業が力を合わせる事こそが、ヴェルディの到達点を定めると考えます。

J2第6節 東京V1‐3仙台 観戦記 スカウティングデータ抜き

敗北。
C大阪、水戸、仙台。

引き分け。
徳島

勝利。
富山、栃木。


今日の仙台との勝負が、昨年度からの総決算。


それが、敗北。

がっかりされた方は、少なく無い様です。

日テレ不採算部門であり、一つ一つの試合が文字通り………。

試されています。

勝負へのプレッシャーは当然、それを前進するエネルギーに換えてこそ………。

チームは、成立する。

初めて、敗北感を味わった人。

既に、何も考えられなくなった人。

私からは、………。

「チームを信じる術こそが、道を作って行く。」

と、断言させて頂きます。

今日は、前半30分からだなぁ。

(」゜□゜)」
観戦が!

ロス無くきましたが、パスホルダーを忘れた富山戦の様にゴール裏から応援しようかな。

スタジアムに向かう途中。

いや、ある駅校内で警察が取り締まってた。

まぁ、自ら進んで警察官に………。

コミュニケーションを、取るタイプなんで………。

全く問題無いし、私に取り締まられる理由は無い。

まぁ、最初に口にした個人情報である程度………。

いや、決め手になってるのかなぁ。

ユニフォームを、着てる訳ですし………。

まぁ、警察官に話しかけられて邪見にしてしまうのは………。

損じゃけん、Jリーグの選手名鑑。

名鑑どうよ、って週刊サッカー誌のお題。

ある選手が、苦手なもの………。

警察官としていた、彼の過去に何が…………。

って、投稿が掲載されていた。

幼稚園に通っていた時分に、子供用財布に数円入っていたのを拾った。

母親と買い物に来てたので、どうすれば良いか尋ねた。

交番のお巡りさんに、届ける仕組み(もの)らしい。

じゃあ、帰り道が少し遠くなるが寄ろうとなった。

自分で、何処で拾ったかを言ったと思う。

すると、これでアイスでも買いなさいと100円を貰った。

考えてみると、幼児期に………。

知らない外国人から、板ガムを貰った記憶もある。

電車の中で、目があって無言で渡してくれた。

「ありがとう」

とだけ伝えて、母親には貰った事を話した。

外国人は男性の2人組で、満足そうに微笑んでいた。

母親は、知らない人に貰ってはダメだと不快感を露わにしていた。

自分は、ガムだから大丈夫だと話して既に食べていた。

邪(よこしま)な心待ちで生きるのは、窮屈である。

周りの人同士が、気遣い合う社会が日本(にっぽん)。

気の回らない事で、人生を大分(だいぶ)損して生きてる。

それが私でもあるから、あまりデカい声では言えない。

だから、ブログで文字にしてアップしました。

J2 6節 東京V‐仙台 16:00 味の素スタジアム

会場は、13:40なのかな?

フロントは新体制、サッカーも新体制でやりたいですね。

心を入れ替える位の気持ちで、仙台にJ1の厳しさを試合後に伝えられる様にね。

入場料収入も、広告料収入も負けてるヴェルディ。

崖っぷち、土俵際!

移籍は………。

財前や、高桑や、冨澤のレンタル。

21世紀の、車の乗り方で話題になった 一柳とかレンタル延長なんだっけ?

確か、完全移籍だよね。

なお、仙台はゴールドです。

J1時代に、FC東京のゴール裏で観戦して以来の………。

in、味の素スタジアム。

久しぶりに、仙台の試合を見ます。

サンクスカップの、ラツィオ戦以来かもしれません。

横浜F(1)Jリーグ クラブ紹介。 主観入り、スカウティングデータ抜き。

フリューゲルスの消滅優勝した、天皇杯をメインスタンドで見ました。

「何が理念だ!」

と、優勝杯を手渡す前に………。

ちょっと離れた席の女性が、叫んだ声が耳に残ってます。

横浜Fは、パルメイラスの選手をまとめて3人セットで獲得。

一方で………。

完全移籍で獲得した、シャドーストライカーのエウベルをレンタルで放出してた。

森 敦彦は、審判どついて退場及び出場停止(確か3ヶ月)。

そして、歯を磨くのが不精で虫歯だらけとか………。

選手の管理が、クラブの資金管理が甘いのが特徴でした。

結局、佐藤工業が経営から撤退。

日産がマリノス強化を図って、政治力を発揮。

吸収合併で、商売敵をも滅する事に成功。

きっかけは、佐藤工業の撤退。

その前後に、クラブの親会社が密室で決めた。

Jリーグは8月位に、話が行っていたとサッカー批評に掲載されていた。

話し合いの合意に、最低3ヶ月かかるとして………。

シーズン開始前に、合併に向けたロードマップが出来ていたと思われる。

これは、日産が強すぎる故に起こった。

また、ビッククラブを必要としていた。

Jリーグの思惑も、後押しした。

合併後に、友人とディスカッションした。

友人の意見。

横浜の様な大都市、横浜国際のスタジアムもある。

街のダービーは、必要。

当時、僕の意見。

ビッククラブが必要で、同じ都市で競い合う必要は無い。

当時、マリノスが情けなさ過ぎた。

フリューゲルスは、計画性が全く感じられずに………。

時間も資金も、浪費し続けていた。

当時、横浜ベイスターズが躍進する状況下。

サッカー界は、危機感を持っていたのだろう。

身売りという報道が出たり、買い手が付かない事態を憂いたのかもしれない。

横浜FM Jリーグ クラブ紹介。 主観入り、スカウティングデータ抜き。

金をハードに投資したクラブ。

マリノスタウンは、行った事が無いので行ってみたい。

なぜか、悪気なくマリノスサポーターの人を怒らせる事がありました。

皮肉っぽい言葉が、犯人っぽいです。

マリノスの歴史も、突っ込み所に困りません。

しかし、アルディレス監督が指導したクラブなので………。

それなりに、チームには興味を持っています。

三ツ沢で観戦したのは、2回だけ………。

横浜国際時代から、スタジアムには足を運んでいます。

個人的には、皆さんが言う程………。

観戦しづらいとは、感じません。

浦和との開幕戦がこれまで2試合、観に行って涙を飲んでます。

マリノスは、個人的には好きなチームです。

ただ、クラブのスタンスはどうかって思います。

ガンバとの差が開き過ぎなのは、反省が必要でしょう。

マリノスサポーターは、非常に成熟しています。

ただ、応援団が意味不明でしたね。

ディアス、サパタ、メディナベージョ、河村崇。

上記、元リバープレート(愛称リーベル)の選手。

ディアスは、引退後に監督もやった。

サパタは、来日前にキャプテンやってた。

河村崇は、ただの練習生(実際、何軍に居たかが気になる。リーベルクラスになると、8軍位まであるんじゃないかな?)

河村崇は、横浜FMとは関係無いけど………。

外国人3人は、マリノスを年間優勝に導いた貢献者。

な・の・に!

リーベルのライバルチーム、ボカ・ジュニアーズの応援歌をパクッて使ってた。

世話になった選手が聴いたら、ガッカリする様な行動………。

嬉々とし、ノリノリでやってる応援団。

トリコロールのパラソルも、ボカの真似で始めたんじゃないかな。

ただ、パラソルは問題無いと思う。

幸い、去年はボカの替え歌を聞かなかったから安心しました。

また、朝日新聞社がスポンサーについている影響か………。

いや、クラブ方針だろうが………。

招待券を、沢山配っているみたいである。

アウェイゲームにも、まとまった人数が集まっている。

チームのサポーターは、暖かいと思う。

2003年頃。

市原臨海、柏の葉でマリノス戦を観た。

あの頃、漕ぎ出したチームが波に飲まれてしまったのが悔やまれます。

もっと若手を育てられる監督に、チームを任せるべきでしたね。

個人的には、ユース出身のFW北野をACLの試合で観た時には衝撃的でした。

ザスパ草津 Jリーグ クラブ紹介。 主観入り、スカウティングデータ抜き。

初期有名選手を、思う。

元C大阪のCB籾谷。

元日本代表GK。
フランスW杯で、第三GK。

小島(1966年、生まれ)。

ガキの頃に、珍プレー集を年末特番でやってて………。

相手アタッカーに、ボールをかっさらわれ………。

後ろから、ラグビーみたいに腰に手を回す位の勢いでタックルかまして………。

レッドカードで、退場した。

Jにベルマーレが昇格当時(1994年)は、古島(去年まで、湘南ベルマーレGKコーチ。1968年、生まれ。)と正GKを争ってた。

それに、社員選手だった。

サラリーマンを辞めるには、なかなか踏ん切りつかなかったらしい………。

W杯まで選ばれたのに、地域リーグのチームまでプレーの場を求めたのも………。

自分を、必要としてくれるチームの存在があった事。

そして、サラリーマンを辞めてまで進んだプロの道で………。

どこまでも、やり続けてやろうという決意があったらしい………。


そんな小島は、確か天皇杯で引退した。

引退を飾るべく、試合に挑むも………。

手を痛めており、パンチングがどうとか書いてあった。

それでも、体は自然と動いたと言う。

チームがよちよち歩きの頃から、少ない報酬で戦ったGK小島。

サポーターは、別れを惜しんで涙無しには居られなかったと言う。

そんな人間ドラマがある訳だが、今は元ベルマーレ監督だった植木氏がチームフロントに入った。

去年まで、数年間。

監督として、ザスパ草津を中位に導いた。

ベルマーレで戦力外になっていた、高田保を獲得。

見事、ストライカーに進化させた。

小島の男気が、ベルマーレの血脈を草津に注ぐ受け皿になったと言える。

チームの特殊は、改めてここで紹介しよう。

以前のアマチュア時代は、選手はほぼ全員がアルバイト等の副業を持っていた。

温泉街が働き場所として、雇用の面で優先的に協力をしてくれた。

観光地であり、街起こしが全面に出たクラブ。

アウェイサポーターへも、暖かい歓迎ムードがあったと言う。

温泉街の共同体として、サッカーチームを支えようと団結した。

個々の力は決して大きくは無いが、団体競技の様に………。

持ち回りを決めて、それぞれが協力しあう体制になっている。

そんなクラブの礎になった、小島は凄い。

また、植木前監督。

じっくりチームを作る手腕は、正直みくびってました。

マネジメント能力ですね。

完投後、コメント。ダルビッシュ有投手

「変化球主体のピッチングに、切り替えるのが遅かった。」

やんわり、捕手の鶴岡が非難されてる?

僕は、ダルビッシュ有投手の事を良く知らんけど………。

NHKラジオ第一放送の、悪意ある報道かな。

そういった、コメントの部分的使用なのかな。

普通、エースは責任転嫁しないからね。