パンドラの箱 | 1.5人称の恋
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1.5人称の恋

私たちの時間は、いつのまにか26年になった。
絡んだ小指くらいでつながる遠距離の婚外恋愛は、焦がれすぎても続かない

仕事をしながら学校に通うのはそこそこハードで。

際限なくやっていた事務局長の手伝いもそうはいかなくなる。

 

それを「仕事」と捉える事務局長と「手伝い」と捉える私の間で、食い違いが生まれるのは時間の問題だった。突っ込めば突っ込むことの出来る、「業務と手伝いの境界線」や「残業代」という金銭的なところ。

勿論、法律を盾に事務局長に突っ込むようなつもりは毛頭なかったけれど、自転車操業や昔ながらの感情論で業務を動かしていこうとするやり方に「ん?」と思うことが出てきた。

 

 

専門的に勉強なんかするから、尚更。自分の首を絞めることになっていく。

 

 

 

労働者側への負担。それもそうだけれど。そこに至る経営者側の態度やその間にいる事務局長の動きにくい立場や位置付け・・・。

病院に限らない、それは大きな企業にしても小さな町工場にしても同じで。法律では動いていない、法律ギリギリなルールがどこにでも存在する。

 

それが嫌なら別へ行け、働くとはある種そこの常識にどれだけ染まることが出来るかによって決まる。それがたとえ世間の非常識であったとしてもね。

 

そんなこと、理解して飲み込むどころか立ち向かおうとするお年頃だった。

バタバタして手にした小さな勝利が後の大きな敗北につながるなんて思えない、一番手っ取り早く敵を倒す方法が味方にすることなんて気づかない頃。

 

 

 

「法律は万人を救うためのものとは言えません。法律は知っているものが自らの解釈で、時に良いように動かすことが出来る場合がある。解釈に法律を近づけると言いましょうか。だから法律は知らないと損をする学問であり生活の知恵です」

 

 

「経営者側の立場で法律を動かすのか、労働者側の立場で法律を動かすのか、でかわってきます」

 

 

講義をする先生の言葉は重くて。

講義はさながら次々とパンドラの箱を開けていくような感じだった。

 

 

 

突き詰めて言えば「医療」だってそう、なんだけど。

知らないと受けられない治療はあるし、知っているから精度が上がるということはもちろんある。患者の立場であってもそう。だけど医療は法律よりはもう少し平等なように思う。

 

 

「資格を得た後どの分野を専門とするのか、考えながら講義を受けてくださいね。道は大きく分けて2つあります」

 

 

労働業務、そこを知りたくてだったんだけど

改めてその深さや難しさ、怖さや人との交渉などが法律の中に横たわることを知る。

そして、これを専門とすることは私には向かない、ということにも気づいていく。

 

 

じゃあ、学ぶことから手を離して。

気づいていなかった頃のように盲目的に事務局長の動きに添い、今までのように

 

 

それが出来ればね。

パンドラの箱の中って、やっぱり見ないほうがいいものだった。

 

 

 

 

 

 


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