私がもし | 1.5人称の恋

1.5人称の恋

私たちの時間は、いつのまにか26年になった。
絡んだ小指くらいでつながる遠距離の婚外恋愛は、焦がれすぎても続かない

いつの間にか1年が過ぎようとしていた。季節はまた冬になり、事務局長の胸元には2本目のネクタイが揺れている。

 

 

「彼女、ネクタイに気づいてます?」

 

「当たり前でしょう、君は40手前の女に真正面から喧嘩を売ってるわけです。私の振る舞いや服装の変化に気づかない女じゃない、そりゃ恨まれてますよ相当に」

 

 

「喧嘩を売ってるわけでは・・・」

 

 

「ただ、君に指一本でも触れたらどうなるか、自分が切られるということは解っているから下手なことはしないはずですが」

 

 

「・・・別れるという選択は無い?」

 

 

「別れるも何も。彼女は人生の半分を私に捧げたみたいな女性だから。納得はしないでしょうね」

 

 こういうことで、こういう人だと不満のような安心感を持っていた。私の車も顔も彼女は知っている。私は顔も車も名前も知らない。


15年以上の付き合いがあるのに結婚しないのは、自分はもう結婚には向かないからとのことだったけれど、そんな事務局長の言葉を、彼女よりも私のほうがいいと思っているからだと捉えるようになっていた。優越感、そんなものもあったかもしれない。

 

 

 

私の隣に居るということはこういうことだと、些細な事にさえ事務局長はアンテナを張り巡らし、私のプライベートに降りかかる色々を払いのけ困らないようにしてくれた。仕事でのツンデレは相変わらずだったけれど、この1年は懐の中で守られているような時間だった。

 

結婚で成就する関係ではない。

突き詰めないことで生まれる安定、触れないことの幸せ、進めないことの穏やかさ。私はそれを徐々に身につけていった。

 

 

ある時、育休中の職員が生後2ヶ月くらいの赤ちゃんを連れて来ていた。抱っこして預かっているところに事務局長が通りかかった。

 

 

「それ位の子供がいてもいい年頃だけどね」

 

 

誰も周りにいない。

近づいたその声はやけに静かに響いた。

 

 

「え?」

 

 

「・・・君は、どんな母親になるんだろうな」

 

 

 

 

 

他にも言いたそうな、私はそのニュアンスに気づかないふりで明るく切り返した。

 

 

「赤ちゃん抱っこしてもコワイだけで。いつかお母さんなんてまだ想像もつかない」

 

 

「・・・そう?」

 

 

「恋愛と結婚はまだ別ですって。その先の結婚とか出産とか全然、考えたことないし」

 

 

「そうか」

 

 

 

「・・・欲しいと思ったことがあります?」

 

 

 

「産みたいと思ったことはないの?」

 

 

 

互いが質問で返す。そしてどちらもその質問には答えないから、思うはずのないことを問うた。

 

 


 

「私がもし、事務局長の子供を産みたいと願ったら・・・どうしますか」

 

 

 

そんな破天荒なこと。



でももし、小さな守るものが彼に出来たとしたら、事務局長の強さやなんともストイックすぎる自律心にもう少し柔らかさが出るのではないか、自らが携えたむりやりの強さと思わずの自己犠牲を、私以上にこの人は抱えすぎているような気がしていたから。なにか救いが得られるのではないかと。

 

 事務局長が私を日常から守ろうとしたように、私もまた事務局長を日常から守りたいと思っていたのかもしれない。

 

 それは叶わぬことだけれど。




 

「・・・そういうことを言わないの」

 

 

 

目が合う。

ふっ・・・、と口の端に小さな笑みを浮かべ、事務局長は離れていった。

 

 

 

 

 


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