00:25 激走:家へ
気が付くと終電間近、路線によっては運転終了している時間にもなっていた。
高笑いばかり続けていた3人にもタイムリミットは迫っているのだった。
大枠の試作版として1枚写真を撮ると、写真と看板を急いで袋にしまう。
仮置きしていただけの写真はすぐにバラバラになってしまうだろう。
後程、カメラの画像を参照して再度配置し直す、そのための撮影でもある。
慌ただしく店主に挨拶を告げ、3人は店を後にした。
「びっくりしたよ。ついさっき11時回ったと思っていたらもうこの時間だから」
とRodem。
確かに、雑談やおふざけに費やした時間もあった。
だが看板の草案は出来た。一定の成果は挙がったから良しとするところである。
店を出てしばらくして。背後より駆け寄る人の気配。
カフェの方だった。店員さんは息を切らしながら一言、
「忘れ物です」
見ると、店員さんの手に握られていたのは、あろうことか僕の帽子だった。
AKKY☆☆、Rodemから野次が飛ぶ。
恐縮しつつ帽子を受け取る僕。今年はこういう忘れ物を無くさないといけない。
四谷三丁目駅まで戻ってきた3人だが、目的地はJR四ツ谷駅だ。
僕はまだ若干余裕があったが、時間の余裕がない2人はタクシーで駅へ向かった。
2人に別れを告げると…そこからは“ラン”の時間だ。
次の電車までは8分。四谷三丁目から四ツ谷までは1km弱。
重量10kgのバッグを肩に掛け、靴は着脱しやすいよう紐を緩めたまま。
決して走るのに適した状態ではなかったが、あまり気にしなかった。
深く息を吸うと、走る。走る。
新宿通りは深夜でも車の往来が盛んだ。赤信号は待つしかない。
信号待ち以外はひたすら走って、6分後。
四ツ谷駅に到着した。最後は歩いて、息を整える時間もあった。
駅構内に入り、少し落ち着いたところで携帯電話を見ると、2人から着信アリ。
「終電には間に合わない。お邪魔でなければそちら(三鷹の僕の部屋)に行って良いだろうか?」
こちらは特に断る理由はない。明朝早くても良ければOKだ。
こちらの場所を伝え、再度2人と合流する事になった。
ほどなく2人と合流したが、そこで聞かされたのは「嬉しい誤算」。
電車が遅れていて、結局終電に間に合うそうだ。
全員無事帰宅できるようでなによりである。
看板の仕上げをAKKY☆☆にお願いし、それぞれ電車に乗った。
看板のお目見えは2週間後の29日である。
06:00 苦痛
目覚めた僕はベッドから起き上がろうとして脚の異常に気付いた。
両脚の脛から足首にかけて強い倦怠感と、鈍く、時折強く走る痛み。
瞬時に気付く、「これは筋肉痛なのだ」と。
昨夜の6分間走のツケが早くも5時間後に痛みという形で現れたわけだ。
痛む足を押さえながら、同時にどこか安堵を覚える。
歳をとると運動の疲れは遅れて現れるようになるとよく聞く。
「すぐに出るという事は、まだ体は錆びついてはいないようだ」、と…。
おわり