「罪の声」を読んで | 『昭和23年に生まれて』のブログ

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堺屋太一の名づけた『団塊の世代』のど真ん中、昭和23年生まれ。
自分の人生を振り返りながら、気の向くままの思い出話。

1984(昭和59)~85年に起った「グリコ・森永事」件を題材にした小説。

一気に読んでしまった。確かに、面白い。

事件の展開が事前に分かっているからか,筋の展開に引きづりこまれたのかも知れないが…。

「子供を巻き込んだ事件」と言うことが作者の拘りだ。

子供の声で録音された指示が確かに印象的だった。

無関係な子供にそんなことはさせないだろうから、犯人の身内の子供なんだろうとは想像できる。

 

ところで、昭和59年頃、自分はどんな生活をしていたか?

フト思った。

 

会社の事業再編が始まっていた時期で、新しい事業所が千葉県北部に建設され、神奈川県から移動した時期だ。

国内インフラ需要が一段落し、これからは海外市場と言う風が吹き始めていた。

特に、中国は巨大な潜在市場と言うこともあって、85年から中国へ何度か出張した。

 

しかし、個人的にこの事件への記憶はあまりない。

「三億事件」と同じく様に、遺留物とか、目撃者とかは多いのに、何故か「未解決」になる事件には、「警察」関係者が関与していたという説が多い。

この小説でもそういう筋になっているが、どこまでがノンフィクションだろうか?

 

小説の中で、警察無線が傍受されていて、警察の動きを犯人集団は的確に把握し行動していたと言う。

当時の警察無線は「アナログ」方式だったのだね。

私が高校生の頃の45年頃、夜中にFMラジオで警察の無線が入ってきたからね。

無線技術の知識があれば、受信機の改造は簡単だったに違いない。

まだまだ、アマチュア無線とか、ラジオやアンプを自作するマニアも多かったし。

 

受験勉強しながらラジオの深夜放送を聴くのが定番だったが、今の様に全国ネットでの放送でなく、大阪や東京の放送に周波数を合わせて聴いていた。

 

当然、音質は悪いよね。

 

マレイシアに87年から出向したが、その時も日本のラジオ放送を聞くために「短波ラジオ」を持って行った。

 

それを思うと、ネット時代になった今とは「隔世の感」だ。

日本と同じ放送が楽しめるからね。

 

で、「罪の声」に関しては…。

 

警察と反社会勢力(893や在日)、学生運動時代の過激派、株の仕手集団の仕業と言う筋。

 

子供は、単に「利用」されただけ。

 

何故、子供を利用したのか?が分からないが、それは分からなくて良いんだね。

 

ポイントは、犯罪者に利用された子供のその後の「人生」が作者の思いなんだね。

 

「犯罪」が迷宮入りして、未解決になっても、犯人はいる。

 

大概は、仲間割れとか、行動とかで「足」がついてしまう。

 

しかし、単に利用された子供は…、何も知らずに利用された子供は…。

 

彼らの人生は、そんな大人に利用されただけでは済まない。

 

指示を録音したのは三人の子供だった。

 

その子供たちの運命は…。

 

その辺は子供を持つ親として考えさせられた。

 

「罪」のない子供なのに…。