大学を卒業して就職先を決める時に、親父は「自分の人生は自分で決めろ」としか言わなかった。
大分の田舎から、東京の親戚を頼って東京に行った親父にすれば、戦争で故郷に戻らざるを得なかった自分の経験も少しは影響したかも知れない。
一応、地元の企業も訪問したが、今一物足りない。
先輩の話では、本人が希望すれば大阪の親会社に変わることも可能だという。
だったら、最初から大阪に行けば良いじゃないかと内心思った。
結局、東京の会社を選んだ。
同じ会社に就職した同期は、当初の見込と違った様だった。
寮の部屋で、「職場には東大以下有名大学の連中がウヨウヨいる。また、博士号取得者もいて、自分の存在感がない」とよく言っていた。
確かに私の職場にも、東大博士課程、修士課程を筆頭に有名大学卒だらけだった。
そういう会社だし、時代の要望だった訳だ。
地方の有名大学の名声など、東京の企業では消えてしまう。
そこで求められたものは、与えられた仕事の問題、宿題を適宜に解決していく能力だった。
確かに、理工学分野での専門知識は必要だが、それが博士課程、修士課程で学んだ事と仕事の関連性は少ない様に思えた。
実際に博士課程、修士課程で学んでいない私に、分かるはずもないけど。
この同期は、結局退職し、「勉強し直す」と大学に戻った。
風の便りでは、結局、県庁でコンピュータ関係の職に付いたと聞いた。
人生80年と言われる高齢社会になった。
小学校から学び始めて、大学まで行くと、6+3+3+4で16年だ。
80歳までの人生だとすると、この16年の学びの期間は長いのか、短いのか?
有意義な期間だったか?
そんなことをふと考えた。