養老猛氏の「馬鹿の壁」に続いて「死の壁」を呼んだ。
前著と同じで養老氏の話を出版社が書籍にしたそうで、講演を聴いているようにスラスラと読み進んだ。
この本でも、ガンジス河が出てきて、インド人と「死」の関係を論じていた。
ガンジス河でインド人が「沐浴」することは、映像でも知っている。
火葬した後の灰が流れるガンジス、また火葬すらしてもらえないアウトカーストのインド人の死体が流れるガンジスで「沐浴」する。
私は、一寸引いてしまう。
養老氏は、日本人の「死」に対する感性を述べていた。
確かに「死」との接触が日常的でないこと、また「宗教」が生活に密着していないことにも因があるのだろう。
確かに「輪廻転生」と言う観念はヒンズー教にあるし、仏教にもある。
しかし、我々日本人の場合、「死ぬこと=現世との別れ」という面が大きい。
大体、葬儀に参列すると必ず「清めの塩」がついていて、自宅に入る前にそれで「清める」。
死んだ人との関係で、恨みとかそう言うものがある訳でもないのに。
「死」を忌み嫌うからだろう。
どうして「忌み嫌う」のかね?
「戒名」についても養老氏も指摘していた。
「戒名」は死んだ後に付けられる名前だ。
墓に刻まれる生前の名前は、「俗名」となる。
死んでから「戒名」が付けられるが、死んだ本人は知る由もない。
極楽浄土では、自分が誰だか解らないことになる。
そういえば、ベトナムで勤務したときに、同じ仏教徒と言う事でお寺に連れて行かれたことがある。
そのときに、「あなたの仏教名は何か?」と聞かれた。
「そんな名前は持っていない、敢えて死んだときに坊さんが『戒名』を付けてくれる」と話したことがあった。
ベトナム人はそれ以上何も聞いてこなかったが、今考えるに確かに「変な話」だ。
外国の映画なんかで見るに、墓標には生前の名前が刻まれているよね。
日本では、「家の墓」に入るとか、入らないとかで、個人でなくて「家」だし。
養老氏に言わせると、この「戒名」と「俗名」は、日本社会の本質的な話だそうだ。
要は、死ぬと言う事は、生きていた社会からの隔離されてしまう。
だから、「戒名」でそれを示すのだそうだ。
「村社会」の話にも通じると語っていた。
村、学校、会社などなど、組織はみな「村社会」だ。
何らかの理由で「村」から離れることになると、「村八分」と言われる処置を受けてしまう。
組織との「別れ」だ。
人間に限らず、「命」を持ったもの全てに平等に訪れるのが「死」。
その時期が、何時かは解らない。
しかし、必ず訪れるんだね。