今年も残すところ1ヶ月。
お袋の介護で、実家に来て3度目の正月になるだろう。
今日は、週1回のお袋の「リハビリ」の日だ。
だから、朝は少し忙しくなる。
お袋も、いつもより早く目を覚ます。
トイレに連れていく、蒲団を上げる、洗顔の用意をして、朝食の準備をする。
そこまでが私の仕事だ。
お袋が弟に「歯を磨く」と言う。
それで、初めて弟が歯磨きの準備をし始めた。
何時もは、お袋が起きてくる前に準備を終えるのだが。
今朝は、椅子に座ったまま、支離滅裂なことを口走っている。
やはり、リハビリの迎えが来るのが気になっていて、そっちに気が向いているのだろうか?
お袋が、着替えの洋服を取るからと弟に手伝わせている。
そういうことはできるのだ。
朝飯もできたので、テーブルに並べていると、お袋が「仏さまに参らないと…」と言って、立ち上がる。
何時もは、弟が座敷にある仏壇に連れていくのだが、今朝は違った。
「今日は、忙しくて時間がないから、行かなくて良い。慌てて座敷に行って転んで、頭でも打ったら大変だし」と、訳の分からないことを言って、動かない。
お袋も納得したのか、仏壇に行くのを諦める。
食事も終わり、お袋が出かける準備を始めるが、服の着替えがこれまた大変。
何時もは、少しは手を貸す弟だが、「俺ほど働いた人間はいない。他人の3倍は働いた」と、また支離滅裂なことを口走っているだけで、動かない。
そのうち「お袋のズボンが1枚しかないから買ってこよう」と言いだす。
一寸待て、ズボンは4,5枚はある。
さっき、お袋と一緒に服を見に行った処にかかっているじゃないか。
また、余計なものを買ってくるから、止めさせないと本当に買ってくる。
この家には、同じようなものが何個もある。
弟が「無くなった」と言っては、買って来るからだ。
「お袋のズボンは4,5枚ある。さっき見たお袋の服の処にあるだろう、アンタ何を見てるんだ、余計なものは買わなくていいぞ」と少しきつく言うと、
突然、態度が変わり、興奮した大声で
「貴様、何を言いやがるんだ、俺様を誰だと思っているのか! 明日まだこの家にいたら、ぶっ殺してやるからな!」
と怒鳴りだす。
耳の遠いお袋も、今朝は補聴器を付けているから、それには流石驚いた様で、「何をそんなに怒っているのか?」と弟に聴く。
曰く、
「朝から、うるさいこと言いやがるから...。身障者を馬鹿にしやがって...。」
以前にもあったが、何かキツク注意されたりすると、それが自分への攻撃と思い、こういう興奮状態になる。
朝から、支離滅裂な話を、うるさく喋り続けているのは、どっちだと言いたいが、そんなことが通じる相手ではない。
医者からは「固まってます」「自分に都合の良い言い訳の名人です」「すべて悪いほうに考えます」と、手の打ち様はないこと、改善の期待もないと説明は受けている。
救いは「極端に気が小さいので、他人に危害を加えたり、自分を傷つけたりはしない」ということだけだ。
しかし、365日、支離滅裂な話を四六時中聞かされる身にも、堪忍袋の限界がある。
また、お袋の世話に関しても、
「自分は身障者だからできない。兄貴がやるのが当然で、自分は最大限の手伝いをやっている」
と言う態度にも、
「そうだね」
とは思えない。
お袋が居なくなったら、一人で生活をすることになるだろう。
テレビでゴミ屋敷の報道があるが、一人になればこの家が「ゴミ屋敷」になるのも時間の問題だ。
お袋も、それを心配している。
そんな遠くない話だから、少しは本人に理解できるのではないかと...。
しかし、今朝の興奮した状態を見ていて、…
2年も前も同じようなことがあったしね…
「少しは...」という、期待を何処かに持っている自分が、みじめに思えてきた。
森の石松ではないが、
「馬鹿は死ななきゃ...」
なんだね。
12月8日は、太平洋戦争開戦の日だ。
「最後通牒」と言う言葉を思い出した。
今日から、お袋の世話が100%だ。
弟?
人間の姿形をした犬か猫だと思って…
「最後通牒」
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