東芝不正経理事件に思う | 『昭和23年に生まれて』のブログ

『昭和23年に生まれて』のブログ

堺屋太一の名づけた『団塊の世代』のど真ん中、昭和23年生まれ。
自分の人生を振り返りながら、気の向くままの思い出話。

日本を代表する老舗、かつグローバル企業が、いや、はや、三代前前まで遡ってねえ。

社内では上司にNOと言えない風土があったとか、事業分野の担当役員の確執があったとか、面白くおかしく報道されてますが、さて、どう復活できるのでしょうか?



現役時代、朝晩の通勤で浜松町を通る度に電車から本社ビルを見てましたが。

就職活動で川崎駅前と浜川崎の工場見学したこともあった。

弱電希望だったので、結局、願書は出さなかったけど。



世界を席巻した日本の電気メーカーの没落が激しい今日、やはり経営力、質が低下しているとしか言えないね。



私が勤めていた企業も御多分に漏れず、経営がパットしない。

トップと従業員の風通しをと、役員通信という形でのウェブが開設されたが、こっちのポジションも上がっているという事もあるが、管理職になる前に当時の役員の話から受けるようなインパクトがなかった。

若い部下に聞くと「読んでません」という。

確かに、株価が下がるのは市場が評価していない証だから、社員一丸となって云々とか、在庫が増えているのは危険信号だからどうのこうの等、役員というより現場の管理職レベルの話もあった。



長年赤字を垂れ流していた海外事業があった。

事業計画の見直しの会議に出たことがあるが、その時に幹部が事業責任者に言った言葉を思い出す。



「何時になったらこの事業は黒字になるんですか? あんたの退職金では、到底返せる額じゃないですよ」



いま振り返ると、これブラック企業のはしりだったように思う。