母親の愛なのでしょうが | 『昭和23年に生まれて』のブログ

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堺屋太一の名づけた『団塊の世代』のど真ん中、昭和23年生まれ。
自分の人生を振り返りながら、気の向くままの思い出話。

弟の調子が余り良くないようだ。

手の甲に出ていた皮膚炎症が、手や足、そして背中まで広がっている。

皮膚科に行っているが、痒みを抑える薬を貰って塗っているだけ。

医者に自分の病気のことは話していないから、適切な処置が出来ていないかもしれない。

夜中に痒くなって起きるのか、今朝は応接間で居眠りをしていたし、昼食後は自分の部屋で爆酔状態。

私が庭の草を取っている間に、お袋が便意を催した。

弟を何度も呼んだが起きてこないと、自分で簡易便座に座って用を足していた。

自分でやれるからと悦んではいられない事情がある。

「今度倒れたら、寝たきりになりますよ」と医者に言われているから、自分で動くのは危険。

「もう起こさないと、夜眠れなくなるから」とお袋が弟を起こせと言う。

「病人だから眠れる時に寝させてやれば良い」と私が言うと、

母親が急に怒り出した。

「きちんとした生活をやらせないと、人間はだめになる」と鍵常人の扱いを言い出だす。

先月末でボランティアの仕事を辞めたが、むしろ以前より悪くなったとも。

弟の病気のことが、本当は理解できていないのでないかと思う。

主治医から言われているが、「しっかりしなさ」「責任ある仕事をしなさい」「頑張りなさい」などは本人に大きな負担になるので、できるだけ本人のペースで対応するしかにと。

それを言うと、

「そんな事は無い、ちゃんとした人間ならできるはずだ」「あんたは何にも解っていない」と言うなり一人で機嫌を悪くして、テレビを消してそっぽを向いてしまった。

母親に「老人性」のボケが出てきてもおかしくないが、弟の病気を悪化させるようなボケには困ったもんだ。

母親の「愛」からかもしれないが、過ぎたるは及ばざるが如しかもしれない。