母の和代は涙粒を乗せた舌先を上顎に触れ、涙粒を左右に
転がしながら味を確かめたが、特別な味はしなかった。
(…あれ、今のウチ変じゃ、子どもみたいじゃわ…)
母の精神的な余裕の現れか、自分の子ども染みた仕種がよ
ほど滑稽に思えたか、お腹を抱え笑い出した。
(…あの、ウチが嫁に来た時も、バアやん情があった…)
祖母キクの急に変わった、嫌な刺のない丸みを帯びた穏や
かな日常生活を母の和代が受入れるには、少し時を要したが
夫のためにも、義母のキクを心から世話をした。
(…まあ、バアやんも辛いんじゃけん、ほなけんど近頃のバ
アやん、ひどうやつれ心配じゃ、どうしたもんか…)
祖母キクの沈む冴えない肌艶や出掛ける時も、化粧もしな
いし頭の髪はぼさぼさ、着る物も毎日同じ格好だった。
(…もう、バアやん、こんなんなかった、綺麗好きじゃった
しな、最近は鏡台の前に座る事がないけん…)
祖母のキクは日毎に口数が減り微笑みも消え、四十路の女
盛りに化粧を忘れ精彩を失った。
息子の龍夫に掛ける祖母キクの思いの深さを物語り、もは
やキクの眼中にあるのは息子の事だけだった。
母の和代は息子の手掛かりを求め、出掛けるキクの後姿を
見送り、近頃の身支度も構わないキクに涙を流した。
(…もう、バアやん、あんなに、お洒落じゃったのにな…)
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