ホキ徳田とヘンリー・ミラーの恋物語 | 安倍寧オフィシャルブログ「好奇心をポケットに入れて」Powered by Ameba
2012年09月25日(火) 12時48分34秒

ホキ徳田とヘンリー・ミラーの恋物語

テーマ:ブログ
 懐かしい友人、ホキ徳田が、音楽プロデューサーの川幡浩さんと司会をつとめるInter FMの番組『TWILIGHT PIANO~北回帰線~』に呼ばれ、お喋りしてきた。オンエアは9月30日16:30~17:30。

 ホキは一種のマルチ人間で本業のジャズ歌手兼ピアニストのほか、ものも書くし、六本木の会員制バー「北回帰線」のマダムもつとめる。

 自称“日本最高齢(!?)元気なピアノ弾き語りプレーヤー”。

 今や知る人ぞ知るかもしれないが、アメリカの作家で世界的文豪ヘンリー・ミラー(1891~1980)と結婚していた。

 店の名前は、もちろんミラーの代表作の題名に拠っている。ミラーとは67年に結婚。78年に離婚した。ミラーにとっては5度目の結婚だった。年齢差は40数歳あったはずだ。

 私は、ホキがロサンゼルスで弾き語りをやってた店にヘンリー・ミラーがせっせと通い詰めている姿を、生々しく目撃している。番組ではその有様を詳細に話させてもらった。

 あれは1966年10月、サンセット大通りに面した日本料理店インペリアル・ガーデンのバーでのことだった。いくつかの取材を抱えロスに出掛けた私は、一夜、ホキにぞっこん惚れた大文豪の純心ぶりを目の当たりにしたのだった。

 インペリアル・ガーデンは、在ロス日本人の間では俗称インぺで通っていた高級料理屋である。独立した建物で、2階がバー、3階がレストランになっていた。駐車場も広かった。

 大通りから見て建物の左側に階段があり、バーに通じていた。ドアを開けるとグランドピアノの前にすわるホキの姿がいやでも目に飛び込んでくる。ピアノの回りにもすわれたので、常連は競って腰掛けようとした。

 ホキの弾き語りはジャズ、ポピュラー、日本民謡、歌謡曲と広範囲に渡った。

 グランドピアノのふたの上に金魚鉢が置かれていて、ドル紙幣がいっぱい入っていた。

 ホキは、
 「迷わすお前が 悪いのか/ネー トンコ トンコ、、、、なんてやってるとさあ、10ドル入れてく奴もいるのよ」
 なんていっていた。

 私もいっしょになって笑ったが、これは客への非難、軽蔑より自虐的弁解だったのかもしれない。10ドル・チップはアメリカ人の客のようだった。

 「トンコ節」の弾き語りをする自分へのてれが、そんな科白を吐かせたのかも。ユーモアさえ感じさせるひとことでもあった。

 この店には何回か出掛けたが、ある夜、扉の向うに靴音が響くと、彼女は腕時計を見遣りながら、 
 「きっとヘンちゃんよ」
 とつぶやいた。夜10時半くらいだったろうか。

 姿を現わしたのは、まぎれもないあの大作家だった。禿頭と大きめの鼻が目についた。目つきは優しかった。

 ピアノの前におずおずとすわっている様子は、おごらず高ぶらず、親か先生にいたずらを見咎められた小学生のようだった。

 ヘンリー・ミラーは、そのころすでにホキにせっせと恋文を送っていたようだ。
                
(続く)


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六本木「北回帰線」にてホキ徳田と筆者。
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