素読のすすめ③ 川島隆太 斎藤孝氏対談[致知2016.12月号]
川島隆太・かわしま・りゅうた――昭和34年千葉県生まれ。東北大学医学部卒業。同大学院医学系研究科修了(医学博士)、同大学加齢医学研究所所長。専門は脳機能イメージング学。著書に『脳を鍛える大人の音読ドリル≒脳を鍛える大人の計算ドリル』(ともにくもん出版)『さらば脳ブーム』(新潮新書)『川島隆太教授の脳力を鍛える150日パズル』(宝島社)『やってはいけない脳の習慣』(青春新書)など多数。
斎藤孝・さいとう・たかし――昭和35年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業。同大学院教育学研究科博士課程を経て、現在明治大学文学部教授。専門は教育学、身体論、コミュニケーション技法。著書に『子どもと声に出して読みたい「実語教」』『親子で読もう「実語教」』『子どもと声に出して読みたい「童子教」』『日本人の闘い方~日本最古の兵書「闘戦経」に学ぶ勝ち戦の原理原則~』など多数。新刊に『子どもの人間力を高める「三字経」』(いずれも致知出版社)。

◆SNSで記憶が消える
斎藤 素読が脳にいいことはよく分かりました。では、例えば子供たち同士がお喋りをしたり、フェイスブック、ラインに代表されるSNSをやったりというのは、どうなのでしょうか。
川島 それが素読とはまるっきり逆なんてすね。効果どころか、SNSをやっていると脳に抑制が掛かることが分かっています。見た目には手を動かしたり、頭を使ったりして脳を刺激しているように思えても、測定すると抑制、つまり眠った状態になります。
斎藤 眠った状態に。
川島 そのことはラインの文面を見ていただければ理解できると思いますが、極めてプアなコンテンツしか出てきません。「お昼何にする?」「カレー」「どこ行く?」といったように、まるで幼稚園児レベルの会話しか続かないんですね。物を考える人としての脳は積極的に寝てしまっている。ある意味、とても怖いツールでもあるんです。
斎藤 いま一日に五時間くらいSNSに掛かりっきりになっている高校生はザラだと思いますが、脳がほとんど抑制されているということなのですね。
川島 僕たちは七年間、仙台市の七万人の子供だちの脳を追いかけて調べていますが、スマホやSNSの利用と学力との関係が明らかになってきました。そこで分かったのは、これらを使えば使うほど学力は下がります。それは睡眠時間や勉強時間とは関係ありません。
例えば、家で全く勉強していない子供だちのグループがあります。スマホをいじらない子はある程度の点が取れるのですが、その先、使い始めると睡眠時間は一緒でも、そこから点が下がっていくんです。要はスマホを使ったことによって、脳の中の学習した記憶が消えたということです。
齊藤 記憶が消える。
川島 仙台市の子供たちのデータですから、一般則ではないかもしれませんが、例えばSNSを一時間やると、百点満点の五教科のテストで三十点、一教科当たり五点分くらい点数が下がります。一時間で五点てすから四時間使えば二十点下がるわけですね。
そこから分かるのは、本来なら総合点が高いはずの子供たちが、SNSをやっているばかりに勉強した大切な脳の記憶が消えているという現実です。
齊藤 恐ろしいことですが、ということは、見方を変えれば文章を素読するのは素朴なようでも、学習力をキープしていく上では、とてもいい方法なのですね。
川島 ポジティブなよい影響しかありません。かつ素読のコンテンツである名文や名詩には、それ自体にきちんと意味や中身があります。中身のないSNSとは全く違うんです。
SNSはよくコミュニケーションのツールという言い方をされますが、SNSでやりとりをする相手が人間ではなく人工知能を備えた機械であっても、そうとは気づかない、人だと思ってやりとりをしてしまうという具体的なデータもあります。つまり、人と人とのコミュニケーションが担保されていないわけです。
斎藤『論語』であれば、コンテンツの大本は孔子の脳味噌ですよね。素読によって孔子の脳と対話するのと、眠りこけた状態で友達同士会話するのとでは、全くレベルが違うのも当然かもしれません。
人類にとって価値のあり、しかも中身が保証されているコンテンツに触れることは、それだけでも意義がありますね。
川島 かつ古典の素読は、こちらから能動的に接していかないと意味を取ることはできません。脳は能動的な状態の時によく働くことが分かっています。これもスマホの情報が受動的であるのとは全く対照的なんです。
◆学習療法は認知症改善の劇薬
川島 いま、若者の脳についてお話しさせていただきましたが、素読によって脳が活性化するのは、お年寄りも同じです。僕たちはこれを学習療法と呼んで今日まで続けてきましたが、高齢になって脳機能や生活の質が低下する一番の要因は、記憶の容量が小さくなることにあります。
記憶の容量とは、作業をする時の机に例えると分かりやすいと思います。若い時は大きな机を持っているのでパソコンやノートを置いたり、資料を並べたりして自由自在に作業ができます。ところが、年をとると机が小さくなっていって最後にはノート一冊すら広げられなくなってしまう。若者でも、SNSばかりやる人はこのような状態になります。
この狭くなった机を何とか広げられないかというので、認知症のお年寄りに、美しい日本語の文章を声に出して読ませるトレーニングを取り入れました。認知症は薬を飲んでもよくはならないんです。悪くなるスピードを遅らせるだけです。
ところが、素読を続けると劇的な変化が見られます。認知症の進行が止まるだけではなく、改善していくんです。記憶の容量が大きくなり、先ほど申し上げたような脳そのものが可塑的な変化を遂げる。だから僕たちの中で素読はまさに劇薬扱いなんてすね。
お年寄りの中には素読よりも数を扱うことを好む人もいますので、単純計算によるトレーニングも組み合わせていますが、こういうシンプルな方法でも続けることで確実に改善に結びついています。
齊藤 高齢者の多くの方が、年をとるにつれてゆっくりと喋るようになりますが、これも脳の老化現象とみてもよいのでしょうか。
川島 まさに脳の回転速度が遅くなった証拠です。
簡単なテストがありましてね。一から百二十まで順番に数えさせるんです。大学生であれば三十秒を切るくらいで数え終わるのを、六十代の方は五十秒以上かかってしまいます。脳が衰えたことで言葉のスピードも遅くなっているわけです。
脳の回転速度が速ければ、判断を瞬時にできるので次の行動にも素早く移れます。これは予測の能力とも繋がっていて、速い判断ができないと予測もしづらくなり、事故を起こしやすくもなる。
斎藤 相手のペースにつられてオレオレ詐欺に騙されてしまう、というのもそれなのでしょうね。
それを考えると、中身のある古典や名文を、ある程度の速さで素読し続けることは、お年寄りの脳にとってとても効果が大きいことが分かります。