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いつもちょっとやったことが、即時に結果としては表れることなどめったにない。
なのに、努力の過程でそのとき人は「運がないナ」と思う時がある。
 
幸運だと思える時など少ない。
むしろ稀有と言ってもよい。幸運はメチャクチャ稀有なのだ。
だから勝者・賢者は他人より努力すること、苦労することを自らに課すのだ。
 
幸運などそもそも欲して手に入るものではない。
 
ましてや、やりもしないで幸せを待っていてもボタモチは降ってはこない。
ボタモチは自分で作るものだ。
 
ボタモチ男は、ちょっとした戦績で、自分は何かを獲得したといつも勘違いするものだ。
なにも得ていないのに何かを獲得したと「必要な夢を忘れ」「厳しい現実をなめてかかり」「ジャガイモみたいな自分がスターに似てると頭がおかしくなり」「最後に中途半端で終わる」
 
だいたいの普通の人間は、少しの努力で結果が出なくてあきらめてしまい、ちょっとの成果で夢の遠さに一途さを忘れてしまうのだ。
現実に負けて、小成に安んじて「日本一」などの目標。夢をいとも簡単に下ろしてしまうのだ。
 
そして、自分の情けないところを他人のせいにして、「自分らしさ」とダメな自分を守り、自分の間違いを直視できなくなってしまうのだ。
「オレは評価されていない」「オレより適当にやっている野郎が試合に出ている」…言い訳のオンパレードになる。そして楽な方に落ちていく。
 
そしてポリシー・生き方が幼稚だから
「努力は裏切らない」「結果はすぐではないが最後の最後には正しくでる」「健全な世界には健全な競争で人は並ぶ」ことを信じれなくなる。「楽して利益を得よう・欲を満たそう」となる。
とどのつまり幼稚な男は“最後の曲げられない世の真実”を確信出来ず、”嘆きが得意なチンケな男”にランクを置くのだ。
 
 
そのランクは一生付きまとう。そこの中で生きるのだ。抜け出るには難しい、この年代で選択した「男のポテンシャル」
世界の海は遥かに広く、恐ろしいほど深いのに、テーブルの上のコップの中で一生自分と他人を比べ合うのだ。そこで下衆女を探すのだ。そこには「運命の赤い糸」などあったもんじゃない。
 
そんな男の見ることのできる視野は狭く、せいぜい実行できることは、「自分の見栄えの強い執着・まわりの数人に対する無意味なプライド・目の前を通り過ぎる欲を手に取る驚きの貪欲さ・居酒屋でチンピラにケンカ売る浅い勇気・身の丈越えた車を金利の高いローンで買う身の程知らずの発想」くらいだ。