娘がてんかんと診断されてすぐ、

“娘にきちんとてんかんの事を教えよう”

と思ったので、本屋へ行きました。


専門用語が並ぶ本も見たんだけど、全く頭に入ってこなかったです…(-_-;)


娘にもきちんと理解してほしかったけど、先ずは私がちゃんと理解しないといけない事だったから、次は絵本で探してみました。


 


絵で状況を伝える事が出来るから、余計な説明は要らないのが絵本のいいところ。


てんかんと診断された時にはすぐ担任の先生には話しさせてもらう機会を作ったけど、残りの小学校生活の間は、家庭訪問の毎に毎年先生に絵本を見てもらいました。


先生達からは

「絵本で分かりやすいので大変助かります。

てんかんと聞いた事があっても、実は私もよく分かっていませんでした。

万が一学校で発作が起きた場合、我々も落ち着いて対処させてもらいます。

ありがとうございます」

と言われました。


絵本の素晴らしさを改めて感じた瞬間でした。


元義母と元旦那に言われた言葉で傷ついていた事も、少し和らいだ感じがしました。


ある日娘に

「薬を飲まなくてもいい日がくるように頑張ろうね」

と言った時、娘からは

「お母さん。

私がてんかんになった事って恥ずかしい事なの?

みんなに隠さないといけない事なの?」

と返されました。


ドキッとしました。


“…私、どこかで恥ずかしいって思ってる…”


心の奥深くの気持ちを娘に見透かされたような気がしました。


救急車を呼んだ時、家が団地の奥だった事もあって、近所の皆さんがどこだどこだと出てきたので、

“寝る前のゆっくりしていた時間帯に申し訳ない”

と思っていた私。


その後、会う度に事情を聞かれて都度答える…という事がしばらく続きました。


皆さん興味本位だけではなく、心配してくれてたのもあると思いたいけど、当時は自分に全く余裕がありませんでした。


娘がてんかんと診断された時は、たまたま世間でてんかん患者の車での事故が連日続いていた時。


誤った情報が流れた事もあって、鵜呑みにした人達の何気ない言葉に、勝手に傷ついていた事も事実です。


胸の内を誰かに聞いてもらいたくてこぼした時、知人からは

「てんかんになったのは、夫婦仲の良くないあなた達親のせいだ」

と言われました。


向こうは、気持ちが沈んでいる私に対して、冗談も兼ねて明るく振る舞ったようです。


後で知人の奥さんから

「主人が酷い発言をしてごめんなさい」

と謝られましたが…。


娘の友達のお母さんの1人には、汚物を見るような目で見られた後、小学校を卒業するまで無視をされました。


まぁこの友達のお母さんは被害妄想が酷い方だったらしく、他のお母さん方達から

「あの人の言う事する事を気にしてたら、こっちがおかしくなるから気にしたらダメだよ」

「私達子供が幼稚園の頃から同じだけど、娘さんはとてもいい子なのに、お母さんがちょっとね…」

と言ってもらっていたので、無理して声をかけずに、会ったら挨拶だけはしておこう…と割り切れるようにはなったけど…。


発作が起きた時を覚えていなくても、自然と自分の状態を受け入れていた娘。


当時小3の娘の方がしっかりしてたわ…(; ̄ー ̄A


逆に私は返す言葉が見つかりませんでした。


いろんな気持ちが頭の中をグルグル回った後、

「そうだね。

別に恥ずかしい事ではないね。

周りに知ってもらってる人が多い方が、万が一何かあった時に助けてもらえるかもしれないね」

と言葉を選びながら絞り出した言葉に娘は、ニコッと笑って

「私は恥ずかしくないから、別に隠さなくてもいいよ」

と…。


私は頭のどこかで恥ずかしく、また申し訳なく思っていました。


元旦那の冷めた嫌な視線と、元義母からの数々の暴言に負けるもんか!…とこの時心に決めました。


その後、先生から

「もう大丈夫だよ」

と太鼓判を押されるまでの約9年間、元旦那は1度も病院へ付き添ってくれた事はありませんでした。


私からの話しを、さも自分が病院へ付き添っているかのように元義母に話す元旦那の事が、私はこの時許す事が出来なかったな~…。


書いてて思うけど、気持ちの余裕の無さが自分を空回りさせてるんだろうな…(-_-;)