『幼い頃』テテュス
1 別離
テテュスは呆然としていた。
こんな日が来る事を彼は一度も、思った事すら、無かった。アイリスが、まだたった六歳の自分の息子のそんな様子にどう声を掛けていいのか、ためらった。
召使いが、扉を開けて静かに告げた。
朝陽が窓から差し込んでいた。
「旦那様。ご準備が、整いました」
静かな、沈んだ声だった。
アイリスはそっと、頷いた。
テテュスは召使いを、見つめた。テテュスを良く知るその男はアイリスの横にたたずむ小さなテテュスを、目を潤ませて見つめた。
テテュスは俯いた。
アイリスはその幼い騎士に、そっと屈んで声を掛けた。
「・・・君は良く、やった」
テテュスは彼を見ず、俯いたままだった。
アイリスは続けた。
「・・・戦い抜いて、とても立派だ」
テテュスは口を開いた。
「・・・でも、負けた」
アイリスの、喉が詰まった。
「・・・“死に神"に勝てる人間は誰一人居ない。
そんなものに立ち向かおうとするのがどれだけ勇敢か、君は知らない。
私は君を誇りに思う」
アイリスに優しくそう告げられても、テテュスはまだ、俯いたままだった。
その部屋に入ると、彼女は棺(ひつぎ)の、中に居た。
静かに、横たわっていた。彼女の母、まだ若いテテュスの祖母が、彼の姿を見ると抱き寄せた。
嗚咽をこらえるような祖母の腕の中から、テテュスはその棺の中の、彼女を、見た。
・・・もう、動かない。
それはテテュスも、知っていた。
何度呼んで、叫んでも彼女は目を、開けなかったから。
医師が、彼女の名を叫ぶ彼にそっと、言った。
「彼女は君に、お別れを言ったろう?」
だからもう、動かないんだと、言いたいように。
でもテテュスはどうしても、納得出来なかった。彼女の横で声が枯れる迄、彼女を起こすために叫び続けた。皆は周囲で、泣いていた。
でもテテュスは、嫌だった。
例えお別れを言ったとしても、思い直して、戻ってくるかも知れない。
テテュスは夜明けの陽が白々と室内に差し込んでもまだ、彼女の戻ってくるのを、待っていた。
アイリスが来て、マントのまま、外気の冷たい空気を纏い、息を切らして彼に屈んで、そのまま抱きしめた。
アイリスの、頬が濡れてるように、感じた。彼の腕はいつも大きく力強いのにその時は、とても弱く、小さく感じられた。
アイリスだってこんなに弱いなら、自分が勝てるはずの、無い敵だったんだろうか?
テテュスはずっと彼女の側に、居たかった。
彼女はいつも、苦しなると辛いようで、誰かに側に、居てもらいたがった。
アイリスはでも、彼の手を引いて、彼女の横たわるその部屋から出ようと促した。
テテュスは見慣れた彼女の寝台に振り向いた。
・・・もう、苦しくないから自分の役目は、終わったんだろうか・・・・・・・・・?
アイリスの手が優しく促し、テテュスは彼に付いてその部屋を、出た。
つづく。