ドーディンはそれでも、冷静だった。凄まじい“気"を放つ相手を強敵と捕らえ、まるで野獣が相手の隙を伺うように、勝つ好機を、探る。
マリーエルの“気"は、増すばかりで、アイリスはドーディンを、見つめ続けた。
ドーディンはチラ、と手当てを受ける主、アーシュラスを、見つめた。彼としては、白旗を上げたい事だろう。ギュンター同様、刺し違え無ければ、触れる事すら危ぶまれる相手だと、解ったようだった。だが彼は自分の能力を主に、示し続けて信頼を得てきた男だった。が、アーシュラスは医者に促される。彼は主の、任せると言う視線を受け、主が部屋を、出て行くのを、感じた。
顔をマリーエルに、戻す。自分から見たら、小柄とも言える相手だったが、その“気"の凄まじさが彼を何倍も、大きく見せる。
そしてその野獣は隙が微塵も無く、ぞっとするような“気"で喰らうように拳を、振り上げる。
その拳は大抵、予測を裏切った。
ドーディンの、顔が歪む。どうやって戦っていいかすら、解らないようだった。
だが・・・アイリスはまだ、ドーディンを見つめ続けた。
ドーディンが気持ちを、入れ替える。途端、マリーエルの頬を、ドーディンの拳が掠る。縛られた動きが解けたような素早い動作で、マリーエルは咄嗟に、避け、掠るその実力を、知った。
だがマリーエルが表情を変える事は、無かった。再び拳を繰り出し、ドーディンはまた、マリーエルの予測を裏切って腹を掠める拳を突き出す。
マリーエルにも、彼のやり方が解ったようだ。
ドーディンは一切物を考えず、ただカンだけで拳を振っていた。
「・・・あれも、凄く嫌だな・・・」
ウェラハスがつぶやき、思わずダーディアンが彼に振り向く。ウェラハスはつぶやき続けた。
「カンだけで動く気だ。気配の、かけらすら、無い。肩が動いても、次にどこに来るのか、予想すら付かない」
ダーディアンが、頷いた。
「俺は、好きだ。カンでやるのは」
ウェラハスはそう言うその嬉しそうな野獣を見、俯いた。
「・・・そうだろうな」
マリーエルもどうやら、相手に合わせて切り替えたようだった。
振ってくる拳を、入る瞬間避け、全身を感覚にしたように俊敏にそれを、避け始めた。
ギデオンが見つめていると、彼らは剣を拳に変えたような戦いをしていた。
右、避けて振り入れ、咄嗟にまた避ける。
息を飲む程の攻防でどちらも拳を入れ続け、避け続けた。
がっ!腕でマリーエルの拳を受け、もう片手をマリーエルの腹に入れる。
マリーエルは避け、戻した拳で相手の脇腹を狙い、間髪入れずに避けた相手の、顎を狙う。
ドーディンは首を避け、その拳をマリーエルの頭に振り入れ、マリーエルが頭を避けて避ける間に、脇腹を狙う。がっ!マリーエルの肘がその拳を、止めそして・・・・・・・・・。
早い拳が次々相手に繰り出されていくが、まだ一発もどちらも、喰らう様子を、見せない。
まるで早さを競うようで、一瞬でも判断を謝ったら即座に相手の、拳の餌食になる。
ドーディンは、老練だ。が、マリーエルは俊敏だった。
ギデオンがつい、つぶやいた。
「こんなのは、見た事が無いから、つい息をするのを忘れる」
アイリスの手がそっと、彼の背に、触れた。
「・・・酸欠で、倒れるぞ」
そんなに柔じゃない・・・と言いかけて、ギデオンはアイリスの手が、とても暖かいのに気づいた。まるで癒す力を持っているかのように、彼に触れられると優しくて、安心する。
アイリスが大きいのはその存在感だけで無く、器もそうなのか・・・。と、ギデオンは改めて、思った。
あれ程平気で相手を脅す癖に、ちゃんと、血が通っているどころか、相手を包み込むような大きさがあった。
大物と言われるのはただ腕が立ち、立ち回りが上手いだけじゃ務まらないのかと、ギデオンはつい、俯いた。
つづく。