だがアイリスがつぶやいた。
「別に悩まなくとも、アーシュラス。君が全員を引き受けてくれて、一向に構わない」
アーシュラスがジロリと睨む。
手練れで知られる四人も相手に命が持つ筈も無く、とっとと死んでくれと、聞こえたからだ。
しかも、大層軽やかな、笑顔で。
ダーディアンがつぶやいた。
「前から思い続けてきたが、あいつの笑顔ってほんっとに、ぞっとするな」
ギュンターも腕を組み直してつぶやいた。
「心から楽しそうに、死ねと言う」
ウェラハスもつぶやいた。
「まあ、彼が相手を心理的に追いつめているのは、認める」
だがギュンターはウェラハスのその言動に、つい眉をひそめてつぶやいた。
「上手いやり方を覚えた、とか言って次回野獣相手に同じ手を、あんた迄使い出すんじゃ、ないよな?」
ウェラハスは彼らを、見た。
「だが、有効なのは確かだ」
ギュンターもダーディアンも、やれやれとそっぽを向いた。
彼らの中で一番年若いマリーエルが、腕を組んだままアーシュラスを促すように唸った。
アーシュラスはだが、悩みまくり、唸りまくった。
アイリスが仕方なく言った。
「ローランデとギデオンの決闘は、マリーエルと戦った後に決めろ」
アーシュラスは頷いた。
いきなり、上着を、脱いで、ギュンターを真っ直ぐ、見つめる。
「・・・・・・・・・」
ギュンターは見つめられて嬉しそうに上着を脱ぎ様すぐに、中央に躍り出る。
「余程あいつを殴りたかったんだな」
ダーディアンが言う。
「お前の妻にアーシュラスが言い寄ったらどうする?」
マリーエルが聞くと途端、ダーディアンが頷いた。
「・・・今のギュンターの気持ちが、痛い程解る」
マリーエルも、頷いた。
アーシュラスはその、とても嬉しそうな金髪の美丈夫に、あっという間に拳を右、左へと繰り出す。それは当たらなかったが、空を切り裂く音が轟き、もし喰らったらと、ぞっとするものだった。
周囲に居た者達は一斉に二人に場を開け、見物に回った。ギデオンが腕組みし、つぶやいた。
「・・・あれなら剣で無くとも大丈夫だな」
ローランデは横の、やる気まんまんの、美女のような右将軍を、呆れたように見た。
アーシュラスが繰り出し続けるがギュンターはまだ、拳を脇に畳んだまま、アーシュラスの拳を間一髪で避け続けた。
ダーディアンが唸った。
「あんなに見切りがいいのか?ギュンターの奴」
だがウェラハスもつぶやいた。
「アーシュラスの体力はだが、無限に近い」
マリーエルがぼそり、とつぶやいた。
「ギュンターは相手を疲れさす事なんて、考えてない」
ウェラハスとダーディアンがつい、揃ってマリーエルを見つめた。
マリーエルの視線はじっと、ギュンターを見つめ続けていた。
長身のギュンターより更に、アーシュラスの方が背が幾分高い。肩幅も、胸幅も、そして背筋迄も、その肌黒のしなやかな野獣のような男は大きく、勝っていた。拳はだがまだ、空を切り続けるにも関わらず、アーシュラスは獣のように鋭い眼光でギュンターを見続け、そのぞっとする拳を、仕留める為に振り続けた。ギュンターはだが、まだ気迫を内に止めてその拳を、避け続けた。
ギデオンは感心した。避けていると言うのに、ギュンターの立ち位置が殆ど、変わらないのだ。上体を、拳に合わせて振り続けて、避ける。左右、両側から繰り出されるそれなのに。
「・・・あんなに体が、柔らかいのか?」
ギデオンが聞くと、アイリスがつぶやいた。
「・・・彼は剣より喧嘩の方が得意なんだ」
ギデオンが、アイリスの横顔を、見た。
アーシュラスの殺気が増し、ギュンターを微かにその拳が、掠るようになる。ギュンターの逃げる方向に拳を振り出すがギュンターはそれさえも、首を振って外し、途端、拳を振り入れる。
がっ!避けた方向に、拳がスライドし、アーシュラスの顎を、掠った。
アーシュラスの口に、僅かに血が滲み、彼の瞳が更に鋭くなった。が次に腹へ飛び込んで来るギュンターの拳を、後ろに飛び退いて避けた所にギュンターの、もう片手の拳が、顔の真横から、降って来る。
アーシュラスが避ける事を予想し、ギュンターは拳を腹に入れた後、一歩踏み込んで次に、決め手の拳を放っていた。
が、それは、咄嗟に後ろに引いたアーシュラスの額を掠め、掠り傷は作ったものの、アーシュラスに深くは入らない。
ギュンターはちっ!と舌打ちする。アーシュラスはだが足を踏み込み体勢を戻すとまた、剛腕を振るった。
ギュンターの腹にそれが、入った。
「・・・!」
ギデオンがつい、乗り出す。
続いて今度は右胸に、殆ど、弾くようにして拳が入った。
「・・・入り始めたな」
ダーディアンが唸る。
更にもう一発、顎を掠め、ギュンターは首を振ってそれを受け、唇に血を、滲ませた。
アーシュラスの瞳がそれを見つめ、ニヤリと笑った。更に一発。腹に。そして、左脇に。
ギュンターが、少し体をふらつかせ、ダーディアンがますます唸った。
「・・・ヤバいんじゃ、ないか?」
だがマリーエルの視線は静かだった。
だがその後のギュンターは、アーシュラスの拳を受け続ける。
ギデオンが、当たるその拳に揺れるギュンターの体に合わせて体を浮かせ、つい、アイリスを、見つめた。
だがアイリスがまるで動じる様子が、無い。
じっと、行方を見守るように落ち着いて、見える。ローランデを、見る。彼はその端正な表情を、少し歪めて見守っていた。また、ギュンターが腹に受けると、ローランデが叫ぼうとし、アイリスが咄嗟に彼に、振り向いた。
アイリスに目で制され、だがローランデは異を唱えるように、アイリスを見つめた。
だがアイリスは、微笑った。
「・・・たまには、いいだろう?あいつがどれだけ君が好きかと、示したって」
ローランデは怒鳴るように叫んだ。
「教練の時も私のせいで、四カ所も刺されて、血まみれで失神したんだぞ!」
アイリスは肩を、すくめた。
「・・・ならまだ、余裕だな」
ローランデは、アイリスを、睨んだ。
だが、次の拳がギュンターの腹に、入った時だった。
ギュンターは身を屈め、アーシュラスも同様だったがアーシュラスに次の動きが、無い。
ギュンターの拳がアーシュラスの腹に、突き刺さっていた。
だが静止は一瞬だった。ギュンターの斬るような拳が再びアーシュラスの腹に入り、がつん!と音を立てた。
マリーエルがようやく、顔を上げた。
そして次にギュンターの鋭い拳がアーシュラスの胸を突くと、アーシュラスは受けはしたものの、心臓を直撃するその一打を、一瞬体を逸らし、その衝撃を逃がした。
アーシュラスの瞳はそれは鋭く射るようにギュンターに注がれ、ギュンターはあれだけアーシュラスの拳を受けながらも、口の端に血を滲ませたまま、嗤った。ギュンターの拳が弧を描く。アーシュラスは相手の嗤いを見ながら避けたが、動きを読み切ったギュンターの拳は、アーシュラスの、こめかみを、掠めた。
アーシュラスが、よろめいて、足を支えた。
つづく。