だが、夕食の席で、ゼイブンは言った。
「ファントレイユ。お前、セフィリアの言いつけを自分の喉にナイフ突きつけて、変えさせたのか?」
ファントレイユはフォークを持つ手を止めて、顔を上げた。
「そうだよ?」
ゼイブンは途端、それはにっこり、笑った。
「良く、やった!女みたいにふがいない奴でなくて、俺は本当にほっとした!」
ファントレイユは父親の誉め言葉に、それは嬉しそうに、笑った。
彼の無神経はこの父親譲りか。とレイファスは、余所を、向いた。がゼイブンはその無神経の、報いを受けた。彼の横に座っていた、愛しのセフィリアに思い切り、睨まれたのだった。
「私があの時、どれだけの悲しい想いをしたのか、解っていらっしゃらないのね!」
彼女にそっぽ向かれて、ゼイブンは途端おろおろと機嫌を取ろうとし、レイファスはそれを見て、また爽やかな気分でにっこりと、笑った。
レイファスは、ゼイブンを散々、利用した。
セフィリアの言いつけ通りファントレイユがこのまま従ってたら、きっとこの先彼の母親のように男を作る羽目に、なるだろう。と、言ってやったのが、とても、効いたのだろう。
ゼイブンは、二人を領地の外へと、頻繁に遊びに連れていってくれた。
ある日、出かける支度をしている時、ゼイブンがファントレイユに尋ねた。
「あの子が、アロンズか?」
庭を小走りで駆け抜ける、それは使い走りの、ムーラスだった。
「違うよ?」
レイファスが気づいて、見習いの屋敷に出かけようと馬に乗る、アロンズを指して言った。
「彼だよ。アロンズは」
焦げ茶の髪の、とても整った顔立ちの、品すら感じさせるその次期執事を見て、ゼイブンはファントレイユに屈んで、聞いた。
「お前、面食いか?」
ファントレイユは意味が、解らなかった。がレイファスが通訳した。
「アロンズはとても綺麗だって意味」
ファントレイユは頷いた。
「横顔が凄く、綺麗なんだ。彫刻みたいで」
ファントレイユが頬を染めてそう言うので、ゼイブンは困ったように、黙り込んだ。
「・・・でも」
ファントレイユが、しょげたようにつぶやいた。
ゼイブンが、彼を、見る。
人形のようにとても綺麗な彼の息子は、悲しそうに言った。
「アロンズは別に好きな女の子が居て、最近はその子と、ずっと一緒、なんだ・・・・・・」
ゼイブンは合点が、いった。
「だからアロンズは自分から、逃げたと思ってるのか?」
だがアロンズは、屋敷の主人に見つめられてる事が解ったのか、挨拶しようと、彼の前に馬を進めた。
「こんな場所からご挨拶して、申し訳ありません」
とても行儀良く、性格も良く、利発そうなその美少年を、ゼイブンは少し、威嚇するように睨んだ。
だがアロンズはそれに気づく前に、ファントレイユに見つめられて彼に、視線を送った。
ファントレイユはアロンズに見つめられて、それは嬉しそうだった。が、アロンズは、彼の真っ直ぐな視線を意識したように少し頬を染めたので、ゼイブンはむっとしたようだった。
レイファスはそれを、面白そうに見ていた。
アロンズはファントレイユに、言った。
「最近は話せないけど」
ファントレイユは途端にがっかりするように、つぶやいた。
「いつも、忙しそうだ」
アロンズは、頷いた。
「・・・初めてのお屋敷で、色々覚えなくちゃいけない事が、たくさんあるんだ。でもとっても、勉強に、なるから」
ファントレイユは、項垂れるようにして、俯いた。
彼のその様子が少女のように瞳に映り、ゼイブンが唸り出しそうで、レイファスはついアロンズを促した。
「もう、行かなくていいの?遅れるよ?」
アロンズは気づいたように、主人に失礼します、と頷く。ゼイブンはその爽やかな感じ良さも、気に入らないみたいだった。
「・・・花嫁の父親って、こんな風かな」
レイファスがぼそりとつぶやいたが、ゼイブンはきっと彼を、見た。
「ファントレイユ。アロンズは彼女が、居るって?」
ゼイブンがそう言うと、ファントレイユは途端、がっかり肩を、落とした。
ゼイブンがその小さな息子に身を屈め、顔を寄せて更に、言った。
「お前、彼女に勝てると、思ってるのか?!」
ファントレイユがますます落ち込むのが解ったレイファスは、言った。
「でもアロンズは、ファントレイユの方が本当はもっと、好きみたいだ。セフィリアに睨まれるし使用人だから、きっと控えてるんだ」
ゼイブンはレイファスを、思い切り睨んだが、ファントレイユは顔を上げて嬉しそうに、レイファスに微笑んだ。
レイファスはそんな笑顔を消そうとするだなんて。と非難を込めてゼイブンを、見てやった。
ゼイブンは不満そうだったが、ともかく馬の鞍に小さな息子を抱き上げて乗せ、レイファスを、少しためらったが同じように乗せて、二人の後ろに跨った。
つづく。