2 ファントレイユの言い分。
ファントレイユは、レイファスを見た。自分が散々、セフィリアに心配をかけてきていたので、レイファスもさぞ、アリシャの事が心配だろうと思ったけど、違ったようだった。ファントレイユはローダーの時、あの気かん気で気の強いレイファスが半日泣き続けたのを目撃して以来、彼を気遣う癖が、付いてしまっていた。
レイファスときたら、初めて逢った時絶対!女の子だと思う程、可愛らしくて可憐だったのに、二人きりになるとてんで、悪餓鬼だった。
母親達が集い、そのいかにもお上品そうな彼女達の友達がやって来るともう、レイファスの苛立ちは頂点だった。大抵、彼女達の前に引き出されて、見せびらかされ、付き合わされる。レイファスは本当に、女の子でも滅多に居ないくらい、それは可愛らしい顔立ちで、彼に微笑んだりされると大抵の相手はその愛らしさについ、顔がほころぶようだった。それがアリシャの自慢で、彼女達はその可愛らしさにやはり、夢中に、なった。でも、当の本人は・・・・・・。
可愛らしく微笑んで目当てのお菓子を貰うと、次にしたのは、召使いの隙をどこで突くかで、召使いがお茶を配る時を狙い、こっそりと堅くなったパン屑を投げ、注意を、引く。
上手くやれると召使いは、そのお茶を、やって来た気取ったご婦人の上に、落とすのだ。
召使いに、胸にお茶をかけられ、大騒ぎになる様子を、レイファスはその愛らしい顔でそれは愉快そうに笑ってみせ、ファントレイユは幾度もそれを目撃してきた。最初はびっくりしたけれど、だんだん馴れてきた。
レイファスは決まって、その騒ぎの後に、
「外に遊びに、行きたいんだけど」
と母親の腕にまとわりつくように身を、寄せて可愛らしく甘える。大抵彼女は、騒ぎに気を取られ、愛らしい息子に、色好い返答をするが
「危ない事はしないのよ。遠くに、行かないでね」
と釘を差すのを、忘れなかった。
レイファスがその言いつけを、守った試しなんか、無かったが。ファントレイユの家の領地の外れぎりぎり迄遠出して、立派な背の高い門に阻まれても、その隣に立つ大木に、登ろうと言い出す。
ファントレイユはこの大木はいつも、園丁に見張られていると告げたが、レイファスは登り始める。
やっぱり、園丁のトレッドが飛んでくるが、レイファスは枝に捕まったまま、自分の大切なレースのハンカチが風に飛んで、枝に引っかかったのだと、可愛らしい顔を歪めて、嘘泣きを、した。
木の下でファントレイユはそれは呆れていたが、トレッドは自分が何とかします。と、その可愛らしい子供に代わって木に登り、愛らしい少年を抱きしめては下に降ろし、今度は自分が、レイファスの捕まっていた枝迄登るのである。
「・・・この辺りですか?」
「もっと、上」
レイファスが言うのを聞いて、ファントレイユは小声で尋ねた。
「だって、レースのハンカチなんて、引っかかってないのに」
レイファスは、艶然と笑うと、そっとファントレイユの手を、引いてその場から、逃げ出した。
トレッドを放って。
ファントレイユはレイファスが、何喰わぬ顔で屋敷に戻り、正直者のトレッドがすまなそうな顔で、ハンカチは見つからなかったと、母親達の居る場に報告に来るのを聞いて、それはがっかりした様子で、肩を落として見せるのに更に、呆れた。
そしてあろう事か、ありもしないハンカチを無くしたトレッドに、
「一生懸命探してくれて、ありがとう」
とそれはしょんぼりして、告げるのである。
場の同情が一斉にレイファスに集まる様子に、ファントレイユはもう何も、言えなくなっていた。
夜、一緒に寝台に潜り込む彼に、尋ねた。
「みんなを騙して、楽しいの?」
レイファスはファントレイユを、ちらと見たがつぶやいた。
「・・・木に登るのを邪魔したり、その外へ出てはいけないなんて禁止したりする相手にどうして手加減しなきゃいけないんだ?」
本人はでも、自分の抗議は随分と甘いし、面と向かって戦いを挑んだりしなかったし、相手を傷つけても居ない。と言いたいようだった。
勿論、レイファスのやり方は、その場を丸く収めたし、木に登った咎めも無く、ありもしないハンカチをなくしたトレッドも、責めを負わなかった。
ファントレイユはため息を付いた。が、レイファスは自分のしたい事を阻む相手には容赦無く、この可愛らしさを武器に騙し倒すのを、この後ことごとく、目撃する羽目に、なるのである。
つづく。