王子が、ギデオンのその瞳をしっかりと受け取り、そしてファントレイユに礼を言おうと、彼の姿を目で追ったが、ファントレイユはアイリスの長身の体の後ろに、隠れるように、立っていた。
ギデオンは、王子に次いでファントレイユに振り向いたものの、彼の様子を伺い見ると、一つ、ため息を付いてつぶやいた。
「・・・・・・あの男はやっぱり、私の伝言を、無視したんだな?」
ファントレイユは、それは違う!と、顔を揺らし、アドルフェスと、シャッセルに挟まれていた小柄なフェリシテがつい、彼を庇うように、急いでか細い声で、つぶやいた。
「あの、おみやげのりんごのパイは、みんなで美味しく頂いたんですが・・・」
フェリシテの言葉に、隣で彼を見下ろす長身のアドルフェスの眉が思い切り、寄った。
「・・・一晩アデンを寝ずに見張って、俺達は何も食って無いのに、君らはりんごのパイを食ってたのか?!」
体の大きなアドルフェスに目を剥いて唸られ、フェリシテが思い切り怯えて、思わず優しいシャッセルの方に、身を、寄せた。
ソルジェニーは、すっ・・・と、その身をファントレイユの前に運ぶ。
窓辺の朝日に、照らされるように白く輝く頬をしたファントレイユの横顔を見上げて、ソルジェニーは言った。
「・・・ギデオンが、貴方は信頼に足る人物だ・・・って。
マントレンも、貴方を信じてた。
凄く不安で怖かったけど、みんなの信頼を、貴方は決して、裏切ったりはしないと、私も思ってた」
そう言って、その少女のような年若い少年に泣かれて、ファントレイユはとても困ったように一瞬眉を切なげに寄せたが、微笑みを取り戻すと、彼は言った。
「・・・・・・それが、私にとっての最上の喜びですから、どうか、笑って下さい。
よく、やったと、そう思って下さるんなら・・・・・・・・・」
少し屈んだファントレイユに優しくそう言われ、ソルジェニーは気づき、慌てて必死で涙をその手で拭うと、彼に応えるように、微笑んで、顔を上げた。
ファントレイユが、王子のその様子を目にし、それは嬉しそうに綺麗なブルー・グレーの瞳をきらきらさせるので、ソルジェニーは思い切りそんな彼に、見とれた。
だがアイリスが、感謝を言われたりしたらファントレイユの神経が持たないと感じたようで、ヤンフェスとフェリシテに視線を送り、頷いた。
そしてファントレイユの背をそっと押して、振り返る彼の瞳を見つめ、次いでギデオンを見て彼らに告げた。
「・・・私は王子と共に、子息を城に、送り届けます」
ギデオンは一つ、頷いてみせた。
が、レンフィールがそっとファントレイユの横迄来ると、自分の不手際を、言いにくそうに告げた。
「・・・実は・・・・・・・・・ローゼが口を、割らない・・・・・・」
ファントレイユは、珍しく大人しい、レンフィールの様子に、軽く頷くとささやいた。
「・・・君とギデオンじゃあ、脅しが上手いとは、お世辞にも言えないからな」
レンフィールは怒ったが、口を割らす事の出来ない事実の前に反論出来なくて、顔を高慢に上げて腕を組んだ。
「・・・なら、君に任せよう。ファントレイユ」
ファントレイユは思い切り、肩をすくめた。
アイリスがそっと、王子の背に触れ、その長身で頭上から彼を見おろした。
「・・・ローゼの口を割らせる間、では王子、私のお供をして頂けますか?」
それはゆったりとした、人好きのする濃い栗毛の優雅な騎士にそう言われ、ソルジェニーは微笑んだ。
つづく。