だが、その時は思ったより早くに、やって来た。
都の西に位置する、大貴族達の居城が立ち並ぶ丘陵地帯に大挙して『私欲の民』が現れ、次々に城を襲って金品を奪い、女子供迄も殺されたとの知らせが近衛に入った。
その盗賊の数は一軍に匹敵する程で、城の護衛だけでは手に負えないと、近衛連隊に討伐の指令が下ったからだった。
この討伐に、実質の指揮官はアデン准将が指名された。
准将は二人居て、そのもう一人が、ギデオンだった。
アデンは、ギデオンの叔父の右将軍、ドッセルスキの、子飼いのような男でドッセルスキ同様、ギデオンを良く思っていなかった。
左将軍とて叔父ドッセルスキの推挙を得た、およそ戦の出来ぬ能無し男で、相変わらず右将軍、左将軍とも、自らの出る迄も無いと、戦場には出てこない腹のようだった。
また、彼らに組みする隊長達も同様で、右、左将軍に習い、出陣を見合わせた。
指揮者アデンだけが、ドッセルスキの息のかかった男ではあったものの、戦は事実上、ギデオンに任されたも同然だった。
大貴族で成り立っている宮廷では、自分達の家族や財産に降り懸かる狼藉にそれは、浮き足立っていた。
いつもは地方の領民が襲われても、顔色すら変えずに他人事なのに。
ソルジェニーは大騒ぎする宮中で、知らせを聞いた。
彼ももう14になるのだから、戦に顔を出す時期だと侍従に知らされた。
彼は内心、宮中を出られて、わくわくしていたが、侍従がその様子に釘を差す。
「・・・貴方は大変大切な御身ですから、戦に行くと言っても当然、後方です。
刀の触れ合う音等、お聞かせしたりしたら私を初め大臣達が、そんな指令を出した男を、打ち首にしますからね・・・!」
ソルジェニーはそれを聞いて途端に、がっかりした。
彼を護衛の、ファントレイユが出迎えた。
ファントレイユは、戦闘用と言うより、普段通りの、光を弾くグレーの、金や銀の刺繍を縫い込んだ洒落た上着をそれは、素晴らしく優雅に着こなしていて、ソルジェニーは戦に行くと言うのに、うきうきした気分を、止められなかった。
ファントレイユと一緒に近衛の兵舎に向かう途中城内を抜けていくと、広間を通り抜ける度次々と、ご婦人達が、
「これから戦場にお出かけになると聞きました」
とファントレイユに声かけ、その足を止める。
どさくさに紛れては彼の手を取り、
「どうか家族をお守り下さい・・・!」
と、王子の護衛の彼を、それは困惑させたものだが、女性心理とは恐ろしいもので、一人が手を取るともう一人は腕を絡め、更に大胆なご婦人は彼の胸に、飛び込んですがりつき、家族の無事を訴えた。
そして別の広間に居たご婦人達はそれを目にすると次々と大挙して彼を、取り囲み始める。
・・・ソルジェニーは盗賊との戦いの前の、女の戦いにもみくちゃにされそうな勢いのファントレイユを、呆然と見守っていた。
が、その人の輪の向こうから、声が聞こえた。
「・・・済まないが、彼の役目は王子の護衛だ。
彼が王子と着かないと、連隊は出発出来ない。
貴方方のご家族をお助けする為には、まず、彼を離しては頂けまいか?」
その、低く響く透明で真っ直ぐな男らしい声の主に、一様にそこに居た全員が、振り返る。
ファントレイユよりも背の高く、それは立派な体格の、姿の美しい白碧の騎士が、そこに居た。
ソルジェニーはあんまり素晴らしいその騎士の容貌に一瞬、見惚れた。
白っぽい金髪を背迄無造作に伸ばし、端正で色白な肌に湖のような青い瞳が浮かび上がる。
その彫刻のように整った顔立ちの騎士は、静かな迫力のある武人に、見えた。
立派なその体を、濃紺の、控えめだが素晴らしい刺繍を刺したそれは高価そうな上着で包み込み、静かで透明な存在感を醸し出していた。
・・・だが、彼は大貴族でしかも、宮廷で、ギデオン同様女性相手にちゃらちゃらしたりはしない、堅物で有名な剣豪で知られた騎士だったりしたから、ご婦人達は皆、態度を固くしてその武人の前に、しがみついた手を離してファントレイユを、差し出した。
つづく。