ファントレイユが、顔を上げてギデオンを見る。
ギデオンはその視線に気づき、ファントレイユのブルー・グレーの瞳を真正面から見つめた。
「・・・君は知っているかどうかは解らないが、叔父が右将軍になる前は、不正がまかり通ったりは、しなかった」
ファントレイユは視線を落とした。
「・・・それは、聞いている」
「・・・・・・・・・なんとか出来るならしたいが・・・・・・」
ファントレイユも、つぶやいた。
「・・・・・・・・・そうだな・・・・・・・・・」
王子が、口を開いた。
「何とか、出来そう・・・?」
幼い彼に、心配げに見つめられ、ギデオンは笑った。
「・・・きっと、何とかするさ!」
王子も笑い、ファントレイユは俯いた。
「君は本当に、そう思っているのか?」
言われて、ギデオンはソルジェニーの不安げな様子に視線を向け、ファントレイユをたしなめようと、した。
が、ファントレイユは聞く気が無いように、むすっとした様子で食事を口に、運んだ。
ソルジェニーはそんなファントレイユの様子に、不安げに問い正した。
「・・・望みが、無さそう・・・・・・?」
ファントレイユは王子の言葉に気づいて顔を、上げた。
「・・・いいえ・・・。
貴方の、護衛どころか隊長にすら、なれない身分の私が、今こうして居るんですからね・・・。
多分、何とかなる日がきっと、来ますよ・・・!」
ギデオンが、何か言いたげに俯いたが、唇を、噛んだ。
が、思い直すように告げた。
「・・・以前の近衛なら、当然の昇級だ。
君にはちゃんとその、実力がある」
だがファントレイユは顔を上げて軽やかにギデオンに、笑った。
「・・・でも今は以前とは違う。
いくら頑張った所で君が居なければ私は、一兵卒としていつ前線に送られるか、解らない身の上だったからな・・・!」
ギデオンは不満げに唸った。
「・・・君には大貴族の、後ろ盾が居るじゃないか・・・!」
ファントレイユが、視線を落とした。
「・・・だが、友が身分が低いというだけで前線に送られるんなら、自分一人だけ、後ろ盾があるからと安全地帯にいられないだろう・・・?
前線で友と死を分かつ方が、余程心安らかだというものだ・・・・・・」
ギデオンが彼のその言葉に、俯き、王子は逆にそう言う、血生臭い事なんかより、いかにも優雅な宮廷が似合い、命のやりとり等およそ不似合いなその人の覚悟を聞いて、切なげに眉を、寄せた。
が、ファントレイユは言葉を続けた。
「・・・大体、それは、君だって同様じゃないか。
君の身分ならいつも後ろでのほほんとしていられる筈なのに、好んで志願しては前線の危険地帯に、体を張って出向く癖に・・・・・・・・・!」
この言葉に、ギデオンが顔を上げてファントレイユを見つめ、ソルジェニーはギデオンを、見た。
だがギデオンはファントレイユの言葉には答えずに訊ねた。
「・・・・・・・・・私の事はさて置いて、君はそれが理由で、あそこ迄ご婦人に愛想を、振る舞って居るんじゃあるまいな?
思い残す事が、無いように」
ファントレイユは途端に、肩をすくめた。
「・・・あれは、条件反射だ。
軍でむさい男達に、『お前、何様だ』と言わんばかりに突き飛ばされたり、いつ殴りかかられるか解らない緊迫した状況の中に居たりすると、あんなに華やかで煌びやかなご婦人達に微笑みかけられたりしたらつい、それは愛想が良くなっても仕方ないだろう・・・?」
ギデオンはこの返答に、スプーンを皿の底に当てて鳴らし、つぶやいた。
「・・・・・・条件反射だったのか・・・・・・・・・」
ファントレイユが、聞いた。
「・・・それが、知りたかったのか?」
ギデオンがぼそりと言った。
「・・・まあな」
そしてつぶやいた。
「・・・お前と来たらやらせれば何でも見事にこなす癖に軽口しか叩かないし。
そういう男だと馬鹿にしようとすればちゃんと、心ある様子を見せる。
・・・もし、いつ死んでもいいようにご婦人の視線を集めているんなら随分悲壮感があるものだが
・・・・・・そうでも無いようだし」
ファントレイユがこの言葉に、とうとう目を剥いた。
ソルジェニーが目にした、ギデオンを心配していた時に見せた、それは真剣なブルー・グレーの眼差しだった。
「・・・悲壮感がある筈なのは、君の方だろう・・・?
どれだけ誰も行きたがらない危険な場所へ、まるで自殺願望でもあるかのように志願し続けてたと思ってる・・・!
・・・私同様、君が居なければそれは悲惨な目に合う筈だった男達が山程居て、彼らは全部君の命を惜しんでいると言うのに、当の本人と来たら・・・!
君を心から慕ってる奴らが、君が志願し、危険に身を晒す度に、泣きそうに表情を歪めても、気づきもしない!
あんな、ごつくてむさい男達がみんなだ!」
ギデオンはそれを聞いて、それは大人しく俯くと、スプーンをゆっくり置いて、タメ息を、付いた。
「・・・やっぱり、出来れば早急に、なんとかすべきかな・・・」
と、ソルジェニーを見やった。
「・・・出来るんなら、そうした方がいい・・・・・・!
ギデオン。私も貴方が居なくなるのは、絶対イヤだ・・・・・・!」
可愛いソルジェニーに潤んだ瞳で見つめられ、ギデオンはもう一つ、それは深いため息を、付いた。
だが、ファントレイユがそれは、すっきりとた顔をして食事を続けるのを目にし、思わずつぶやいた。
「・・・・・・君は何だか、晴れやかだな・・・・・・」
ファントレイユはとびきり優雅な微笑をギデオンに送って言った。
「この先あんな、ごつくて少しも可愛げの無い男達の、泣きそうな悲しげな顔を、目にしなくても済むかと思うと、思わず食も、進むさ・・・!」
ギデオンはその言葉に思い切り肩を、すくめて見せた。
つづく。