ファントレイユが、王子にねぎらいを受け、今日は早く休んで下さい、と、顔を出しただけで感謝を受け、早々に退出の許可を貰ったので近衛の舎に戻ると、その中庭でギデオンが彼を、見つけて近寄って来た。
彼を取り巻いていた大貴族の、大柄なアドルフェスと狐のようにすまし返ったレンフィールがその場に取り残されて、ファントレイユの姿に眉をひそめる。
王子の、護衛なんて重要な役割を、ギデオンが彼のような下級貴族に配したのを、不満に思っているのは、明らかだった。
が、やっぱりギデオンは、背を向けている取り巻きの意向なんかに、まるで気づく様子も無い。
取り巻きの大貴族だろうが、ギデオンは手加減する気は毛頭無いのを彼らも良く知っていて、ギデオンの前では極力それは大人しく、言葉を控えているようだったから。
ファントレイユは、その相変わらず中味を知らなければ素晴らしく綺麗な姿のギデオンに目を止め、心の中で一つ、タメ息を付いた。
・・・彼の前では、大貴族だろうが下級貴族だろうが、等しく同じ気苦労を、するものだ。
彼は身分等、全くお構いなしだったから。
「・・・今日は、早いな」
ギデオンにそう言われ、ファントレイユは微笑んだ。
「疲れているだろうと、お休みを下さった」
ギデオンは、一つ頷くと、笑った。
「・・・私が、わざと店を、間違えたしな」
ファントレイユは肩を、すくめた。
「・・・疑っただけだ。
根に持っているのか?」
「・・・私と一緒だと、随分疲労するんだろう?
だが、君はか弱そうに見えて、どんな時も取りすまして顔色も変えない、丈夫な男だと思ったがな・・・!」
ファントレイユは相変わらず、優雅に微笑むとつぶやいた。
「・・・か弱いから、ちゃんと体力配分を、考えているだけの事だ。
それより、彼らを置き去りにして私と話していて、いいのか?」
ファントレイユがその場でこちらを伺い見ている、アドルフェスとレンフィールを目で、促したがギデオンは、彼らがまだそこに居たのかという顔を、した。
「用はもう、すんだぞ?
・・・それより君に、聞きたいんだが・・・・・・」
「ああ」
「ソルジェニーはいつもあんなに、自室では食欲が、無いのか?」
ファントレイユは一つ、ため息を付いた。
「・・・そりゃ、あの年頃で部屋に閉じこめられ、同年代の話相手もいなけれゃ無理も無いんじゃないか?」
ギデオンはファントレイユの、顔をそれはじっ、と見たが
「・・・そうだな・・・・・・・・・。
君と居るとそれは刺激的で、楽しそうだ」
ファントレイユはこの言葉に、何を言っているんだ?
と眉をひそめた。
「・・・君と居る時だろう?
それは、嬉しそうだったぞ?」
ギデオンが、訊ね顔で聞いた。
「・・・・・・・・・いつ?」
「乗馬の時さ。君の前に、王子を乗せていたろう?」
「・・・ああ」
ギデオンは、思い出すように頷いた。
そしてふ、と思い浮かべて言った。
「・・・お前と一緒に店で食事をしたのは初めてだが、あれではソルジェニーが、刺激的で楽しいと言っても無理は無いと思ったな」
ファントレイユはいかにも心外だという表情で、だが、そっと言った。
「・・・・・・・・・刺激的な事をしたのは、どう見ても君の筈だ・・・。食事の前だが」
ギデオンがその言葉に思わず顔を上げて、正直な感想を、述べた。
「・・・・・・忘れているのか?
ご婦人の注目を、集めまくっていたろう?
君が浮き名を流しているとは聞いていたが、あれ程とは正直、思わなかった・・・・・・・・・」
ファントレイユは腕組んで、ため息を付くとその素晴らしく綺麗な男を見つめた。
「・・・君がもう少しご婦人に、柔らかな態度を取って見ろ・・・。
彼女達の注目はたちまち君に、集まると、保証出来る」
ギデオンの、眉が寄った。
「・・・そういう問題じゃないと思うがな・・・!」
が、ファントレイユは肩をすくめた。
「君のような美男で身分の高い男に優しくされたら、彼女達は私に、目もくれないさ・・・・・・!」
ギデオンは、そう言い切る、見つめられて微笑まれたりしたら大抵の相手が頬を染めてどきまぎしてしまう、美貌の色男を、心の底からまじまじと、見つめて言った。
「・・・それは・・・・・・・・・・・・本気でそう、思っているのか?」
ファントレイユは少し、怒ったように眉を寄せた。
「当たり前だろう?」
ギデオンが、一つため息を付いた。
ファントレイユがつい、珍しいその彼の様子に、喰い入るように見入った。
が、ギデオンはつぶやいた。
「・・・それは、彼女達が気の毒と言うものだ・・・・・・。
君のような華やかで相手をどぎまぎさせるような雰囲気の騎士はこの近衛に山程男が居ても、二人と居ないものなのにな・・・・・・・・・」
ファントレイユはそのギデオンの独り言のようなつぶやきに、驚愕に目を見開き、思わず声を、掠れさせて訊ねた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・君の方こそ、本気でそう思ってるのか?」
ギデオンは顔を上げてむきになって言った。
「・・・身分を気にする相手なら致し方無いが、男として、どちらの腕に抱かれたいかと彼女達に、聞く迄も無く、君だろう?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ファントレイユがあんまり、真顔でじっと、ギデオンを見つめてくるのでギデオンはつい、続けて言った。
「君くらい、近衛の似合わない男は居ないと、宮廷で護衛の任に押したが、君に宮廷は、似合いすぎるようだな・・・。
そこら中の知り合いに聞いて回ったが、どのご婦人ももうとっくに、君の名を知っていて、知らぬ者は居ない程の有名人になっている」
ファントレイユは苦笑した。
「・・・それは・・・・・・随分と宮廷の紳士達は、自分を磨く事をさぼっていらっしゃるようだ・・・・・・。
まあ大抵は身分で釣れるから、努力なんか必要無いんだろうな」
「・・・なんだか耳が、痛いんだが」
ギデオンが俯いて言うと、ファントレイユは呆れ顔で言った。
「・・・だって君は少しも、ご婦人の気を引きたいとか、注目されたいとか、思って無いんだろう?」
「・・・・・・まあ、そうだな」
「じゃあそれは、当然の結果なんじゃないのか?」
ギデオンは顔を上げると、むきになって言った。
「・・・なら君はどうなんだ!
注目を集めたいと、思っているようには見えないが」
ファントレイユは呆けたような顔をしたが、腕を組んで訊ねた。
「・・・そうか?
ちゃんと、女性と遊びたいと、思っているぞ?」
ギデオンは困惑に眉を、寄せた。
「・・・・・・遊びたいと思うと、集まるものなのか?」
ファントレイユは頷きながら言った。
「君が、本心からそう思えばな。
一度、試してみるといい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
言われてギデオンが、眉根を寄せて真剣な表情で、考え込むように、沈黙した。
その間が、あまりに長かったのでファントレイユはつい、ギデオンの耳元にそっと顔を寄せて、ささやいた。
「・・・無理なら、お勧めしない」
ギデオンは途端に、ほっとしたように顔を上げ
「どう考えても、私には無理そうだ。
そういう天分が、無い」
その笑顔が、ソルジェニーと同じで妙に可愛くて、ファントレイユは内心、気を許しそうな自分を慌てて抑えた。
王子と違い、ギデオンは扱いを誤ると、殴られて顔の形が、変わってしまう・・・・・・・・・。
ギデオンは彼に、ゆっくり休めと言って、武人の彼に戻り、肩を揺らしてその場を去った。
その、彼の知っているいかにも猛獣のギデオンに、ファントレイユがどれ程安心したか、彼は知らないだろう・・・・・・・・・。
つづく。