その店は、ファントレイユの記憶通り左の道の、先に有った。
さっきの、うらぶれた玄関とは全く違い、庭にも噴水と彫刻が配されて美しく整えられ、厩には飾りの付いた屋根があり、店の門構えと来たら、それは豪華な彫刻が施された、所々金で出来た造りの、大変豪奢な玄関扉で、この店の玄関とあの酒場の玄関をどうやったら、見間違える事が出来るのか、ファントレイユには謎だった。
・・・だが、ギデオンの様子を目にした時、彼がソルジェニーに話しかけるのに夢中で、扉を開いてくれた侍従にすら気づかぬ様子に、合点が行った。
彼は周囲なんて、全然見ては居ないのだった。
三人はいかにも品の良い調度品に囲まれた、落ち着いた雰囲気の、座り心地の良い椅子に、くつろぐと注文を、取った。
「・・・それと・・・この店で一番高い食事と、一番高い酒を頼む」
ファントレイユの注文の仕方に、ギデオンが手に顎を乗せて沈黙した。
そして、口を開いた。
「・・・私に、奢られたいのは解るが、どういう注文の仕方なんだ?」
ファントレイユはすました顔で、言った。
「・・・滅多に来られない店なんだから、それくらいしたっていいだろう?」
ギデオンの、眉が密やかに寄った。
「・・・さっきの事を、根に持って無いか?」
ファントレイユは直ぐ様、言い返した。
「持って無いと言えば、嘘になる」
ギデオンは、そうだろうよ。と俯くと、途端にソルジェニーが、くすくすと笑った。
ソルジェニーはファントレイユの、並んで横に掛けたが、向かいに座るギデオンを、店のランプの灯りの中で見ても、その綺麗な顔に一つも傷を、作ってなんか居なくて、随分ほっとした。
が、直ぐに隣のファントレイユをチラリと見ると、彼の隙の無い、スマートで引き締まったしなやかな胸元や腕を思い出してつい、頬を赤らめる。
ついギデオンは、珍しい物を見るようにそんなソルジェニーを見つめたが、ファントレイユの方に、顔を思い切り傾けて告げた。
「ヤンフェスとマントレンが、言っていたが・・・」
ファントレイユは素で、尋ねた。
「何を・・・?」
「ソルジェニーに君は、刺激が強すぎると・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
二人して思わず王子を見るが、さっきのどさくさでさんざん、ファントレイユと密着していたソルジェニーは、思い出す度、顔が赤らんだ。
その王子の様子に、ギデオンは短い吐息を吐いた。
ファントレイユは表情を変えずその視線を、彼から顔を隠すように俯く王子に向けたまま、ぼそりとつぶやいた。
「・・・確かに、ヤンフェスは免疫が無いとは、言っていたな・・・」
それを聞いてギデオンが、思い切りぼやいた。
「君の弊害は、女性だけじゃ、無いんだな」
今度はファントレイユの、眉が寄った。
「・・・そんな筈は無い・・・!
王子。ギデオンの時だって、どきどきしませんか?」
ソルジェニーはファントレイユに覗き込まれてそう聞かれ、必死で思い出してはみたが、ギデオンの時には親しみと、安堵しか感じなかった。
ギデオンが彼の様子に途端に、笑った。
「返事が無くとも、明白だな」
ファントレイユが、眉間に皺を寄せて軽くギデオンを睨むとグラスの水を、取った。
「・・・まあそりゃ、君と一緒じゃ色事はさぞ、縁遠いだろうしな・・・!」
ギデオンは途端にむっとする。
「・・・それが悪いか・・・?
私は君と違って、女性と遊ぶよりも殴り合いが、好きなだけだ・・・!
・・・ほら、まただ・・・!
何人、女性の知り合いが居るんだ?」
横を通り過ぎるご婦人が、ギデオンにはほんの軽く頭を下げただけなのに、ファントレイユにはそれは丁寧に、にこやかに会釈して行く。
ファントレイユもそれに気づくと、とても優雅に、微笑み返して頭を軽く下げる。
ギデオンが、周囲のテーブルに顔を振って視線を向け、ファントレイユの視線を促す。
「・・・みんな、君に来て欲しそうだ」
あちこちのテーブルのご婦人達が、自分の所へファントレイユが、挨拶に出向いて来ないかと待ちわびて、そわそわと彼に、仕切に視線を送る様子が、ソルジェニーにも解ってつい、呆然と見惚れた。
20もある座席の、あちらからも、こちらからも、一様にご婦人の、視線がファントレイユに、集まっている様はなかなか、壮観だった。
ファントレイユはギデオンに振り向くと、笑った。
「君が盾代わりになって、どのご婦人もこのテーブルには来られないようだな・・・。
君の様な大物と一緒じゃ、気軽に声は掛けて来られないだろうし。
・・・日頃、色事を閉め出す君の堅物ぶりが、功を奏しているようだ」
ファントレイユの、その輝くような美貌の笑顔に、ギデオンの、眉間が寄った。
不快そうに俯くと、ぼそりとささやいた。
「・・・君にとって、その大物の盾はさぞかし、邪魔なんだろうな」
ギデオンの皮肉に、ファントレイユはすました顔をして、届いた料理を前に、ナイフとフォークを振り上げた。
切り分けた肉を、口に運び様、口を開く。
「いや・・・?
お付き合いしたいような女性が、今夜は来ていないから、大変助かってる」
そして肉を、頬張った。
ギデオンは思い切り肩を、すくめた。
つづく。